産地を訪ねて
29
2025.06
藍が宿る。循環型の染色技法/藍染工房「壺草苑」

2025年6月30日 公開

「青は藍より出でて藍より青し」。努力して学べば、弟子が師匠を超えることもあるという意味のことわざです。アナウンサーの発声練習にもよく出てきます。自然から頂く青色。本当に美しいですね。
さて、今回、ものづくり新聞が向かったのは、株式会社村田染工(むらたせんこう)が運営する藍染工房「壺草苑(こそうえん)」です。江戸時代に確立された染色技法『天然藍灰汁発酵建て(てんねんあいあくはっこうだて)』で藍染をしています。「灰汁発酵建て」とは、化学薬品を一切使わず、植物の藍を使った発酵による染色方法。「藍染」といっても、化学染料を使い、短時間で藍染に似た色で染めるところも多いそうなんです。そんな中、手間も時間もかかる天然藍灰汁発酵建てに取り組む人たちがいます。
織物と夜具地で栄えた青梅市
東京新宿駅からJR中央線の通勤快速で約1時間。東京都青梅市にやってきました。江戸時代、青梅は織物が盛んだった地域。昭和初期には夜具地(やぐじ)と呼ばれる布団や座布団の一大産地へ変貌を遂げます。戦後、昭和20年代半ばには「(機織り機を)『ガチャン』と織れば万の金が儲かる」と言われた「ガチャマン景気」が到来。青梅では一番多いときで全国シェア60%~80%の夜具地を生産していたこともあったそうです。しかし、マットレスや洋掛け布団などの普及により「青梅夜具地」は衰退。藍染工房「壺草苑」は、そんなかつての織物と夜具地で栄えた青梅市にあります。

JR青梅駅から壺草苑へ向かう途中、大きな橋の下には多摩川が流れ、同じ東京とは思えないほど、豊かな自然が広がっていました。
藍染工房「壺草苑」
壺草苑に到着すると、朝9時前だというのに、前日に染めた糸や布地を干す作業はおおかた終わっていました。

壺草苑の工房長、村田 徳行(むらた のりゆき)さんです。1989年、3代目の社長だったお兄さんと一緒にこの工房を立ち上げました。それ以来、天然藍灰汁発酵建てと向き合い続けています。

村田さん:「私の祖父の代、大正時代(1919年)からずっと染色業を営んできました。創業して今年で106年(取材時:2025年6月)です。当時は化学染料で染める下請けの仕事をしていました。天然藍灰汁発酵建てを始めてからは40年ぐらいになります。」

壺草苑の朝は8時から始まります(店舗の営業時間は10時~18時)。従業員は10名。若い人が多く、今年度は2名の新人さんが入社したそうです。みなさん、染めはもちろんのこと、デザイン、生産管理、SNS投稿など、染め以外の仕事もそれぞれ担当しています。

6年前、3代目社長の息子さん、村田敏行(むらた としゆき)さんが後を継ぎ、4代目社長に就任しました。(写真下)

壺草苑がオープンしたのは平成元年(1989年)です。

当時は藍染の着物に力を入れていましたが、今では、ワンピースやTシャツなどの洋服を始め、バッグやスカーフといった小物類など、オリジナル商品の製造、販売をしています。

これまで、ドイツで個展を開いたり、ニューヨーク近代美術館(MoMA)ミュージアムショップでストールの販売をしたり、海外展開も視野にいれたものづくりを行ってきました。

発酵で染める「天然藍灰汁発酵建て」
ーー天然藍灰汁発酵建てというのはどういう染め方なんですか?
村田さん:「『灰汁発酵建て』は江戸時代からのやり方で、天然の藍を発酵させて染めます。昔は、『本藍(ほんあい)』、『正藍(しょうあい)』という言葉を使っていましたが、『灰汁発酵建て』と言うようになったのは、徳島で蒅(すくも)を作る人たちが文化財に指定された頃なんです。化学染料の藍染は大量生産ができて値段も安い世界。発酵は手間がかかるし原料も高い世界。だから、区別しようということで、この言葉が生まれました。」

染液の表面に浮かぶ泡が「藍の華(あいのはな)」。発酵度合いの目安になるそうです。
夏に大人気!涼し気な「嵐絞り」
この日は「嵐絞り(あらししぼり)」という名の藍染を行うというので、その作業を1日密着させていただきました。嵐絞りは夏場に良く売れる人気の柄だそうです。(写真下)

店内に展示されていたこちらのワンピース(写真下)は嵐絞りの生地で作ったもの。白が多めに出るように仕込んだものです。涼し気でとってもお洒落!

①布地を水洗い
嵐絞りの手順をご紹介します。まずは布地を水洗いします。今回染めるのは、15メートルもあるレーヨンの布地。ワンピース4着分だそうです。

②筒に布地を巻き付ける
円周が1.5mある筒に、ひだを作りながら布を巻き付けていきます。

ーー巻き付ける時に何かコツはありますか?
村田さん:「嵐絞りの場合、柄の出方が均一にならないように、ひだを同じように揃えないことです。いかにひだを歪ませるか。巻き付け方によって染まり方が変わってくるからです。後は、生地がたるまないように引っ張りながら巻き付けます。作業する人によって柄の出方も変わります。」

浜松 麻衣さん(はままつ まい/写真下・左)はこの道6年。壺草苑の生産管理を任されています。杉本 久尚さん(すぎもと ひさなお/写真下・右)はこの4月から壺草苑で働き始めた新入社員。杉本さんは、機械系のものづくりに13年間携わった後、自然系のものづくりに惹かれ、3年間、徳島で蒅作りを学び、この春、壺草苑に就職した方です。この日は先輩である浜松さんが杉本さんに嵐絞りを指導していました。

15メートルの布を全部この筒に巻き付けるため、最初からギューギュー端に寄せながら巻き付けていきます。アンバランスな凸凹にするのは案外難しそうでした。巻き終わるまで約2時間。力も根気もいる作業です。

③染める
次は染めです。筒をチェーンで釣り上げ、藍の染液に10分間浸します。このステンレスの大きな入れ物は深さ150cm。従業員の皆さんから「ステン」と愛称で呼ばれていました。

村田さん:「染めもね、染める人によって全然模様の出方が違うんですよ。」
ーーえ?染めもですか?染液の中で何かやっているんですか?
浜松さん:「中で筒を回して、生地の中に入っている空気を出しています。最後は一周半くらい布を撫でて、もう一回空気を出して、液が染み込むようにしています。」

染液に10分間浸した後、染液から引き上げて、空気にさらすことで酸化させます。最初に引き上げたときは緑っぽい色をしていましたが…。

時間が経つにつれて酸化し、だんだん青みが増していきました。

④酸化を繰り返す
「染液に10分間浸した後、空気にさらして酸化させる。」これを繰り返します。何回繰り返すかは、染める布地の素材にもよるそうです。今回のレーヨンは6回で仕上げます。6回目が終わったのは、15時半を過ぎていました。

この日、染めの作業を担当していたのは、濱 花凜(はま かりん)さん。壺草苑で働き始めて、8月で丸2年になるそうです。(取材時:2025年6月)

筒から布を外し、軽く水洗いした後に洗濯機で脱水します。

その後は、繊維に藍が残らないよう、何度も何度も水洗いをします。

⑤干す
干す作業は翌日。4日間は、『洗って干して』を繰り返すそうです。

写真下の左はシルク、右は綿。同じ嵐絞りでも、素材によって印象が全然違います。

きっかけは江戸庶民の憧れの着物「青梅縞」
ーー化学染料から天然藍灰汁発酵建てに切り替えたきっかけを教えてください。
村田さん:「私の兄が社長になった頃(1980年代)、ものづくりは日本ではなく海外の工場でするようになり、安い海外製品がどんどん入ってくるような時代になってきました。また、地元だけでなく、全国各地の企業と取引をしないと仕事がもらえない時代でした。それで、何かないかな?って考えたときに、青梅市の郷土資料館にあった青梅縞(おうめじま)の3つの反物を見て、『江戸時代に盛んだった青梅縞を再現しようじゃないか』って思ったのがきっかけです。」
ーー青梅縞は、どんな織物なんですか?
村田さん:「文字通り、縞模様の織物です。青梅縞がヒットしたのは、江戸時代、一番華やいだといわれる文化・文政の時代(1804年ー1830年)です。弥次さん、喜多さんでお馴染みの、十返舎一九が書いた『東海道中膝栗毛』にも登場するくらい、江戸の商人やお金持ちには憧れの着物だったんですね。」

それを商品化した壺草苑の「青梅嶋(縞)」です(写真上・下)。経糸にシルクと綿、緯糸に綿を使って織り上げるのも青梅縞の特徴。
この反物(写真下)には、天然藍灰汁発酵建てで染めたシルクと綿、梅で染めたシルクが使われています。

徳島での修行時代
ーー天然藍灰汁発酵建てを始めたのは、青梅縞を再現するためだったんですね。やり方はご存知だったんですか?
村田さん:「いや、初めは、同じ染色だし、簡単だろうと思ったけど、全然違いました。藍の場合は発酵。微生物、生き物ですからね。すごい苦労しました。あちこち染屋さんを見学に行ったけど、全然わからない。職人さんの技術をよそ様にオープンにするような時代でもなかったしね。それじゃあ、藍染を専門でやっているところに働きに行こうと考えて、知り合いの紹介で徳島に行って、そこの染屋さんに約1年ちょっとお世話になりました。」
ーーじゃあ、そこで天然藍灰汁発酵建てを教えていただいたんですね!
村田さん:「それがびっくり仰天な話で、実はその染屋さん、化学染料の藍染屋さんだったんです。藍染で有名だから江戸時代の藍染をやっていると信じてたわけ。型紙を作るとか、のりを置くとか、染め方の技法は同じですけど、発酵に関しては学べない。それで、そこからまた動き出しました。」

村田さん:「徳島には藍染の染料となる『蒅(すくも・写真上)』を作るところがあるので、そこでも約1年半、働きました。徳島の蒅作りは特殊なんです。技術の継承ということで、昔ながらの製法を守りながら蒅を作っているのは、たったの5軒だけです。私はその中の1人、新居 修(にい おさむ)さんのところでお世話になりました。」
徳島は、藍染の染料となる「蒅」づくりの本場です。徳島で作られた「蒅」を「阿波藍(あわあい)」と言います。昭和53年(1978年)、この「阿波藍製造(あわあいせいぞう)」が国の「選定保存技術」に選ばれ、「阿波藍製造技術保存会」が保存団体に認定されています。
出典:文部科学省ホームページ 選定保存技術
https://www.bunka.go.jp/seisaku/bunkazai/shokai/hozongijutsu/

村田さん:「本物の灰汁発酵建てをしているところに、新居さんと一緒に行くと、すぐに見せてくれて話を聞くことが出来ました。九州、山口、東北、いろんなところに行かせてもらって、色々教わりました。でも、結局はその情報を元に、あーだ、こーだと、やり方を自分なりに咀嚼しながら技術を習得しました。徳島に行ってから3年で戻ってきて、平成元年(1989年)に壺草苑をオープンしました。」
ーー青梅縞はすぐ再現できたんですか?
村田さん:「いや、青梅縞を再現できたのは、その10年後です。江戸時代のやり方で作ろうと思ったら、糸が難しかった。手紬(てつむぎ)の糸だったんです。今の時代、そういう細い糸を手紬できる技術がもう残っていないわけです。いろんなところをあたって、手紬糸にチャレンジしてもらったり、海外まで行って糸を探したり。糸を入手するために、非常に時間がかかりました。」
ーー他にはどんな試行錯誤があったんでしょうか?
村田さん:「江戸時代のやり方だと、腐敗したり、染めにムラが出たり、染めも回数やらないといけないんでね。何日もかけたのに、不上がりになって、また作り直したこともありました。そういうのとの戦いでしたね。毎日状態が違いますから、発酵をいかにコントロールして、均一に持っていけるようになるかが大変でした。」
不上りとは?
染物や織物の加工の完成のできあがりが不良の場合、不上りという。
貴重な原料「蒅」
村田さん:「うちで使っている蒅(すくも)は、徳島でお世話になった新居さんの蒅です。俵に書いてあるのは新居さんの屋号『〼』です。(写真下)。」

村田さん:「一昨年までは(取材時:2025年)、藁で編んだこの袋(写真上)で運ばれていました。運送会社の24年問題があって、今はビニールの袋(写真下)で運ばれるようになりました。価格も高くなっていて、年間の総量だと車が2、3台買える値段になっちゃうんです。」
ーーそんなに高いんですね!
村田さん:「でも、ここ5年ほど、どんどん蒅の生産量が減っていて、注文した量が届いたことがないんです。藍は1年に1回しか取れませんのでね。普通だったら買ってあげるという感覚だと思いますけど、今は逆。『買わせてください』ってお願いしに行っています。めちゃくちゃ貴重です。」
※24年問題
物流・運送業界の「2024年問題」のこと。働き方改革法案により、ドライバーの労働時間に上限が課されることで生じる様々な問題の総称。

村田さん:「徳島の蒅を使ってる量で考えたら、全国の藍染屋さんの中でも、うちは多分3、4本の指に入ると思います。従業員はたった10人くらいですけどね。」
技術向上は京都の問屋さんのおかげ

村田さん:「灰汁発酵建てを仕事にするために、どういう取引先を選んだらいいかを考えたときに、一番ピンときたのが和装で、京都の名高い問屋さんだったんです。四条烏丸(しじょうからすま)辺りにビルを持ってるようなところと取引することが、一つのステータスになるわけです。」
ーーそういうところと取引が出来るようになったんですね。
村田さん:「はい。ほとんどの着物は受注でした。一番高いのは1000万円近いのもありました。高い着物だから、他の着物に色がうつったり、いい色じゃないとすぐ没になったり、いろいろ問題があるわけです。原料代も高いから、相当お金もかかってるし、失敗したら潰れちゃいますからね。対策をいろいろ教わって、一生懸命勉強して、京都の問屋さんから、仕事をたくさんもらえるようになりました。でも、それがここ30年で1軒減り、2軒減り、3軒減り、ついに一昨年(おととし)の夏、創業189年の老舗の問屋さんが『会社を閉じます』って挨拶に来られて、それが京都の問屋さんとの最後になりました。」
ーーえ?では、今は京都の問屋さんとは取引していないんですか?
村田さん:「はい、その代わり、アパレルさんやパリコレにも出ている有名なデザイナーさんとの仕事が増えました。洋服やバッグとか、オリジナル商品を作るようになって、いろいろ展開し始めたところです。藍染って『色が落ちる』『日焼けする』などいろいろ問題がありますけど、うちの商品のほとんどは『洗濯機で洗えます』『白いものと一緒に洗っても大丈夫ですよ』ってお客様に説明してます。京都の問屋さんと取引をしているときに叩き込まれたノウハウと、うちの努力があったから、今、有名なデザイナーさんと取引しても、クレームがほとんどないんですよ。それは京都の問屋さんに仕事をさせていただいたおかげなんです。」
微生物を管理する面白さ
村田さん:「これは灰汁(あく)です。灰の汁って書きますけど、灰に水を入れると灰からアルカリが取れるわけです。この上澄み液を使うんですが、触ってみてください。(写真下)」

ーーうわ!ヌルヌルしてます。
村田さん:「はい、灰を通してアルカリになった水です。ここには、ミネラルやマグネシウムなどの栄養分がいっぱいあって、それがすごく藍の発酵に役に立つわけです。」
ーー何の灰を使うんですか?
村田さん:「基本的には広葉樹です。ナラやカジ、ケヤキなど。うちでは農業ハウスの暖房に使った残りの灰だったり、コーヒーの焙煎や炭火料理後の灰とか、一仕事終えた後の灰をいただいています。アルカリを取った後に残った灰は、畑に戻します。返すことによってまた良い効果が生れます。うちは全部、そうやって、使ったものは全て地球に返せるわけです。循環ね!」
工房の外には、一仕事終えた広葉樹の灰が山になって保管されていました。

村田さん:「発酵させることを『仕込み』って呼んでます。仕込みに使うのは、うちの場合は『お酒』と『ふすま』です。ふすまは小麦の皮のこと。これがバクテリアの栄養分になります。蒅の中には、バクテリアが冬眠しているような状態なんです。蒅にアルカリの液を加えることによって、蒅の中にいるバクテリアが栄養分を食べて、どんどん増殖するわけです。それが発酵です。朝夕攪拌して、3日、4日すると、ポツンポツンと発酵してくるので、その時におかゆみたいに炊いた『ふすま』を入れるんです。そうすると、だんだん発酵が進んで、1週間から10日ぐらいで染められるようになります。そこから、うちは大体100日ぐらいは維持管理するのを目標にしています。夏は雑菌が多く腐敗しやすいんで、1ヶ月しかもたないときもあります。逆に真冬は5ヶ月持ったりします。雑菌が少ないからね。」

ーー良い発酵は何でわかるんですか?
村田さん:「総合的です。目で見たり、匂いだったり、音を聞いたり。混ぜたときの音が違うんです。粘りがあるとか、サラサラしてるとか。最終的になめることもします。『石灰』は、発酵を安定させる管理に必要です。具合を見て、腐敗させないために石灰を入れるか考えます。たくさん『甕(かめ)』があるのは、毎日酷使すると、すぐ駄目になっちゃうんで、休ませるためなんです。」
ーー微生物を休ませることも大事なんですね。
村田さん:「休みの日に藍を攪拌するのは私の担当です。休みの日でも朝と夕方に来て、棒で攪拌します。年末年始は29日から5日まで休みなんですけど、その間もずっと私が藍を管理するので、毎日1回は攪拌しに来ます。生き物だからしょうがないよね。」
ーーやっぱり管理が大変なんですね。
村田さん:「そうですね。実は、同じじゃないからね。それぞれ、バクテリアの菌の環境が違うんで、温度設定なんかも全部違う。1つ1つ、その藍の菌の環境に合わせます。よくわかんないところが面白いところなのかもしれないですけどね。」
ーー発酵させる温度は何度ぐらいがいいんですか?
村田さん:「低温発酵なんで、30度ぐらいがいいですね。発酵してからは常温です。一日の温度変化もあります。冬は加温してやらないと染液が冷たくなるので、菌が動かなくなるんです。夏は腐敗しやすいので、冷房を使うなどして、逆に冷まします。甕を土に埋めているのは、極力1日の温度変化を少なくするためです。」

村田さん:「赤い四角い蓋(写真上)がありますよね。あの中は、4分の1だけ空洞になっていて、真ん中に穴が開いてます。そこを電気で温めると、四つが同時に温まるわけです。ステンレスの方の外側には、全部電熱線が巻いてあって温度管理をしてます。」
ーー腐敗したらどうなるんでしょう?
村田さん:「腐敗したら染まらないです。人間と同じですよ。死んだら働けないのと一緒です。」
環境にも人にも優しい灰汁発酵建て
ーーどうしてこんなに手間暇かかる灰汁発酵建てを続けていらっしゃるんでしょうか?
村田さん:「化学染料の藍染を続けていたら、もしかしたら、今ビルが建つくらいに儲かっていたかもしれないけど、その道を選ばなかったのは、兄貴が『あまり儲からないけれども、いい仕事としてコンスタントに長くできるんじゃないか』っていうことで決めたんだよね。たまたま今はSDGSの兼ね合いもあって、どんどんいい方向に向かってますけども、その当時から、自然のものをやったら何かいいことあるんじゃないかっていうことで取り組んでいるんです。」

村田さん:「それに、私たちがやり始めた頃は、教わることに非常に苦労したので、うちの場合は、工房自体を全部フルオープンにして、プロが来ても素人の人が来ても、うちは全部ちゃんと昔のやり方でやってますよっていうのを見てもらっています。そういうのを見せることによって、信用を得ることも大切だと思っています。」
壺草苑 公式サイト
https://www.kosoen.com/
【編集後記】

職人さんたちの手が藍色に染まっていたのが印象的でした。藍は体に無害だからできること。藍には抗菌作用やUVカット機能など、有能な機能もあります。染まった皮膚も時間が経てば元に戻るそうです。また、蒅作りのお話の中で、刈り取った藍は、色素のある葉っぱだけを使うため、専用のカッターにかけながら、大きな扇風機で葉っぱを吹き飛ばすことで、葉っぱと茎に分けるというお話や、その作業が夏の暑い時期に行われるのが本当に大変で、その労をねぎらうために始まったのが『阿波踊り』というお話も、とても興味深いものでした。こういった自然素材を用いた循環型の染色技法は、世界中を探してもなかなかないそうです。日本にはまだ残っています。天然藍灰汁発酵建てを続けることは、染料である蒅を作る技術を守ることにもつながります。「いい仕事」に込められた村田さんの信念は、そこにも繋がっているように思いました。ナレーターでもある私の発声練習は、いつもこの言葉から始まります。「青は藍より出でて藍より青し」。自然から頂く色は本当に美しい。
ものづくり新聞 小柴寿美子
