産地を訪ねて

06

2025.11

群馬の魅力を詰め込んだ「シルク」のヘアケア新製品誕生!「しゃけんすい」から生まれた新素材とは!?~碓氷製糸株式会社

2025年11月7日 公開

「『しゃけんすい』って何?」と疑問に思った方が多いのではないでしょうか?
「煮繭水(しゃけんすい)」と書きます。製糸業の業界用語で、繭から糸を挽く前の繭を煮る工程の中で出る絹を含んだお湯のことです。

2025年3月。群馬県安中市にある日本最大の製糸工場、碓氷製糸(うすいせいし)株式会社は、東京豊島区に本社があり、群馬県館林市に工場がある化粧品メーカー、株式会社シーエスラボと共同で、この「煮繭水」を使ったシルクの新しいヘアケア製品の開発に成功しました。しかも、その開発過程で、新素材も生まれたというのです。一体どんなものなのでしょうか?碓氷製糸株式会社 常務取締役 土屋真志(つちや まさし)さんに、お話を伺いました。

土屋さんは、宇都宮大学農学部で、蚕に感染するウイルスの研究を専攻。卒業後は群馬県庁へ入庁。蚕業指導員を10年間勤めた後、蚕糸課、世界遺産推進課、蚕糸園芸課長などを歴任。定年退職後、2023年4月に碓氷製糸株式会社へ入社。工場見学から新製品の開発まで何でもこなす62歳。(取材時:2025年10月/写真:2024年9月撮影)

シルク成分たっぷり!群馬づくしのヘアケア新製品

こちらがそのシルクのヘアケア新製品「全身シャンプー」と「ヘアパック」です。輸入したシルクを原料にした製品が多い中、100%国産シルクで作られたオリジナル製品です。

「碓氷製糸全身シャンプー(写真左)」300ml 3,520円(税込/2025年10月現在)
「碓氷製糸ヘアパック(写真右)」200g 4,950円(税込/2025年10月現在)
(写真提供:碓氷製糸株式会社)

全身シャンプーは、これ一つで、シャンプーの他、ボディソープや洗顔フォームにもなる優れもの。泡立ちが良く、しなやかな洗い上がりが特徴です。ヘアパックは、髪の保湿力が高く、髪を補修し、艶のある美しい髪になるといいます。

2つの新製品には、繭糸の成分である2種類のタンパク質「セリシン」と「フィブロイン」が入っています。セリシンは保湿効果に優れ、繭を紫外線から守る役割があります。フィブロインの主な成分は、髪の毛と同様にタンパク質です。そのため、使う度に髪の毛のダメージが補修されるというわけです。

さらに、これらの新製品には、群馬県の特産品の中から、髪の毛に良いと言われる成分も入れて、群馬づくしの製品にしようと考えました。特産である生産日本一のこんにゃくからは、髪の毛のダメージを補修する効果があるという「セラミド」を。こんにゃく農家を応援したいという気持ちも込めました。地酒からは、川場村にある県内でも有名な永井酒造の「酒粕エキス」を採用。酒粕エキスには、髪に艶と潤いを与える他、肌を整える効果もあるそうです。さらに、ぐんまフラワーパークでも販売してもらえたらと思い、バラの香りで仕上げました。ぐんまフラワーパークは2025年10月10日に「ぐんまフラワーパーク+(プラス)」としてリニューアルオープンしたばかり。今後は、園内に咲くバラ等から抽出した香料で、シルクとのコラボ製品を作りたいとも考えているそうです。

土屋さん:「使った方からは『髪の毛がしっとりスベスベだ。』と好評です。私も使っています。これから群馬の空っ風が吹く季節ですから、髪の毛のパサつきが気になる方は、ツヤツヤになりますので、ぜひお試しいただければと思います。」

店頭での販売は、碓氷製糸のショップではもちろんのこと、東京都千代田区にある大日本蚕糸会館(だいにほんさんしかいかん)内のジャパンシルクセンターや、世界遺産「富岡製糸場」、高崎高島屋にある群馬のものづくりをセレクトしたコンセプトショップ「maison.de.f(メゾンドエフ)」、「ぐんまフラワーパーク+(プラス)」など。また、碓氷製糸のECサイトからも購入することができます。現在、群馬県内の有名旅館やホテルにも置いてもらえないか、商談中とのことでした。

きっかけは経営改善

ヘアケア新製品の開発を始めたきっかけは、経営を黒字化にしたいという思いからでした。

輸出用規格の生糸を作れる器械製糸工場は、碓氷製糸を含め、国内にはもう2社しか残っていません。そんな中、碓氷製糸がこだわり続けているのは、国産繭だけを扱い、国産繭だけで生糸を作ること。しかし、国内の養蚕農家は減り続け、国産繭の生産量は減少するばかり。年間30トンの国産繭がなければ経営は成り立ちません。碓氷製糸の努力だけではどうにもならないのです。

国内で流通するシルク製品のうち、繭から純国産の割合は0.13%。碓氷製糸では、国産繭のおよそ7割を扱っています。(取材時:2025年10月)

また、工場では、世界文化遺産である富岡製糸場に保存されている自動繰糸機(じどうそうしき)と同じ、ニッサンHR型の機械が、いまだ現役で稼働しています。1980年に製造された機械を使い続けているため、毎年のメンテナンスに補修代がかなりかかります。しかし、新しい機械を導入したくても、製造できるメーカーがないため、現実的には不可能です。

1980年に製造されたニッサンHR型の自動繰糸機。

なんといっても、世界遺産である富岡製糸場と同じ機械が動いていること自体に希少価値があるため、技術を保存する意味からも、機械を使い続けたいという思いもあります。そんな中、経営改善に向けた取り組みの一つとしてスタートしたのが、オリジナルのシルク製品の開発でした。

土屋さん:「国産の繭と生糸は貴重です。それ以外の副産物を原料にした新しい製品を開発できないかと考えました。そこで着目したのが繭を煮る工程で出る『煮繭水(しゃけんすい)』だったんです。

廃棄していた「煮繭水」の再利用!

煮繭(しゃけん)は、糸のほぐれを良くするため、高圧、高温、低温、蒸気など6つの工程に分けて、お湯や水蒸気などで繭を均一に煮る作業のこと。その工程で出る「煮繭水(しゃけんすい)」にシルク成分が溶け出していることに着目したのです。

煮繭の様子。繭を均一に煮るのが難しいため、煮繭は技術者の腕の見せ所だそうです。(写真提供:碓氷製糸株式会社)

土屋さん:「これまで煮繭水は、しかるべき処理をして、環境水準を満たした状態にしてから、碓氷川に流してきました。でも、せっかくシルク成分が入っているのに捨てるのはもったいないなと。何とか利用できないかと考えました。」

繭に含まれる「セリシン」というタンパク質は、お蚕様が口から糸を吐き、繭を作るときに接着剤の役割を果たします。セリシンのおかげで繭は形作られていくのです。しかし、繭から糸を挽き出す際には、固まったままのセリシンが邪魔になります。セリシンは、お湯で煮ると溶け出す性質があるため、煮繭水には、セリシンが溶け出しているというわけです。昔から「糸を挽く人の手は綺麗」と言われるのは、このセリシンの保湿効果のおかげだったんですね。

煮繭水の化粧品原料化に試行錯誤

煮繭水(しゃけんすい)を使って何を作ろうかと考えたとき、碓氷製糸のオリジナル製品の中で人気があるのが、浴用タオルや絹入り石けん、絹ローションといったお風呂用品だったそうです。その頃、一般的にもシルクのナイトキャップや枕カバーが「髪が綺麗になる」とブームになっていたことなどから、売れ筋を強化する製品として、ヘアケア製品を開発することが決まりました。

2023年、群馬県館林市に工場がある化粧品メーカー、株式会社シーエスラボに協力を仰ぎ、共同で開発をスタート。繭を煮た煮繭水には、様々な菌が混入することがあるため、まずは菌を制御しなければなりません。その処理が、思った以上に難しかったと言います。

土屋さん:「現場でも、極めて細かい網目を使って菌の混入を防ぐメッシュ処理をし、雑菌の有無の検査をして、菌不検出の煮繭水のみを使用することにしました。菌の極めて少ない原料を使用することを基本にしたんです。その上で、シーエスラボさんが頑張ってくれたおかげで、化粧品原料化に成功することができました。」

試行錯誤を繰り返すこと1年半。見事、煮繭水の化粧品原料化に成功。さらに、シルクを破砕してマイクロパウダー状にした「シルクパウダー」も入れ、2025年3月、国産シルクの成分が豊富であり、かつ、群馬の魅力をたっぷり詰め込んだ新製品が完成しました。しかも、貴重な国産繭そのものを原料にするのではなく、生糸を造る工程で出る副産物を利用するという、アップサイクルな製品開発に成功したのです。開発にあたっては、蚕糸業の振興に取り組む大日本蚕糸会の支援を受けての製品化だったそうです。

国産!新素材「シルクエキス」にも期待

煮繭水(しゃけんすい)から得られたエキスは「シルクエキス」となります。シルクエキスには、セリシンがたっぷり入っているため、優れた保湿効果と髪への補修効果があります。シルクエキスそのものが、新素材として、大きな可能性を秘めていることにも気づきました。

土屋さん:「シルクは”命の糸”。お蚕さんの命をいただいて造る糸なので、その副産物も大切に使いたいと考えています。なお、今回の新製品開発で生まれた新素材『シルクエキス』そのものを化粧品原料として販売することを目指していますので、シルクエキスを使ってみたい企業様がいれば、お気軽にお問い合わせいただけると幸いです。

新素材「シルクエキス」は、シルクの新しいヘアケア製品と共に碓氷製糸の救世主になるのか。次なる製品企画への議論は、いま始まったばかりです。

碓氷製糸ECサイト https://usuisilk.base.shop/

碓氷製糸株式会社 http://www.usuiseishi.co.jp/

株式会社シーエスラボ https://www.cs-lab.co.jp/

【編集後記】

髪の毛の乾燥が気になる季節。碓氷製糸の新製品、ヘアパックを早速購入して使ってみました。香りも良く、まだ、2週間ほど使っただけですが、パサついていた髪がしっとりしてきました。さらなる効果を期待して、使い続けたいと思います。近年、養蚕農家の高齢化が進み、養蚕を辞める人も多い中、養蚕をやりたいと群馬に移住し、新たに養蚕を始める30代、40代もいるそうです。富岡市だけでも、数名いるとおっしゃっていました。2024年11月にご紹介した記事の中で、「碓氷製糸に就職を希望する大学生がいたけれど断った。」というお話がありましたが、その方は、現在、安中市の地域おこし協力隊の制度を利用して、碓氷製糸で働き、一生懸命、工場長の仕事を覚えているそうです。日本のシルク産業を支える養蚕と製糸がどうなっていくのか。今後も取材を続け、応援したいと思います。

ものづくり新聞 小柴寿美子

<この記事を読んだ方におススメの記事>

日本の生糸 最後の砦「碓氷製糸株式会社」

五日市に伝わる幻の絹織物「黒八丈」復活物語/糸工房「森」​

藍が宿る。循環型の染色技法/藍染工房「壺草苑」

心を突き動かす藍の美しさ。徳島県に移住し、藍の栽培から藍染めまで一貫して手がけるWatanabe’sの藍師・染師の物語

記事をシェア