産地を訪ねて

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2025.04

五日市に伝わる幻の絹織物「黒八丈」復活物語/糸工房「森」

2025年4月28日 公開

東京都あきる野市(旧五日市町)に「黒八丈」という絹織物があるのをご存知ですか?

黒八丈(くろはちじょう)とは、泥染めで黒く染めた絹織物のこと。泥染めは、泥の中に含まれる鉄分と植物から煮出した成分の化学反応で絹織物を黒く染める天然染織です。日本を代表する泥染めの絹織物といえば、東京都八丈島の「黄八丈(きはちじょう)」、鹿児島県奄美大島の「大島紬(おおしまつむぎ)」が有名ですが、黒八丈は別名「五日市(いつかいち)」とも呼ばれ、粋でお洒落だと人気がありました。しかも、黒八丈2反で家が1軒買えたという逸話もあるほどの高級品だったそうです。

黒八丈は、江戸時代後半頃から、あきる野市(旧五日市町)の秋川(あきがわ)流域で盛んに生産されていました。しかし、大正時代になると、生活様式の変化や化学染料の普及により一気に廃れ、存在すら忘れさられてしまいました。そんな中、30年前の1995年頃、その黒八丈を現代に復活させた人がいます。ものづくり新聞編集部は、2回に渡る取材でお話を伺ってきました。

粋でお洒落な「黒八丈」

東京都あきる野市にある糸工房「森」です。新宿駅からJR中央線に乗り、拝島駅でJR五日市線に乗り換え、武蔵増戸駅で下車。そこから歩いて10分ちょっとのところにあります。糸工房「森」は、手術用の縫合糸を作る糸屋として、昭和17年(1942年)、東京都五日市町(現あきる野市)に創業。今年で創業83年(取材時:2025年4月)です。

糸工房「森」の3代目、森 博(もり ひろし)さん、76歳(取材時:2025年4月)です。森さんは40歳の時、偶然、ある書物から黒八丈の存在を知り、地元の宝を復活させたいと自ら黒八丈を作ることを決意。約7年の試行錯誤の末、見事、黒八丈を蘇らせました。その後、普及活動に務め、30年経った今も黒八丈の製品を作り続けながら、地元の小学生に黒八丈の授業を行ったり、泥染めのワークショップを行ったりしています。

森さんの工房には黒八丈で作った製品がずらりと並んでいました。今は着物を着る機会も減っているので、主に洋服や小物、アクセサリーに黒八丈の織物や糸を使い、商品を作っているそうです。

森さん:「こちらが黒八丈の反物(たんもの)です。(写真下)」 ーー真っ黒というわけではなく、チャコールグレーのような優しい黒なんですね。 森さん:「そうですね。ちょっと茶が入った黒です。喪服の黒ではないですね。私は糸屋なので泥染めで絹糸を黒く染めています。その後は、糸の状態で博多織の職人さんにお渡しして、反物を織ってもらっています。昔はこの辺でも織っていました。黒八丈は横糸に非常に太い糸を使うんです。機織りをすると『どすん、どすん』とすごい音がするので、昔は家の前を歩いているだけで黒八丈を織っているのがわかったそうです。黒八丈の反物は人気があり、腕のいい人が織ると、いいお金になったそうですよ。」

森さん:「黒八丈は1回では黒く染まらないので、何十回も泥染めします。糸に負担をかけるので機械にかけにくく、全て手織りなんです。黄八丈も大島紬も全部手織りですが、その中でも黒八丈が一番難しい織物だと思います。なぜなら、平織(経糸と横糸が交互に1本ずつ交差する織り方)で黒1色の無地だからです。下手だとすぐにばれます。柄があるものはごまかせますけどね。」

ーー黒八丈はどんな風に使われていたんですか?

森さん:「昔は、主に半襟(着物の下に着る長じゅばんに付ける襟)や袖口に多く使われていました。江戸時代は『艶消しの黒』と言われて、女性に好まれたようです。テレビの時代劇で江戸の若い女性の姿を見ると、着物の襟に黒八丈が使われています。歌川広重(江戸時代の浮世絵師)の「狂歌四季人物」という絵の中に、手ぬぐいを被って寿司を売り歩く寿司職人の絵があるんですが、この寿司職人の羽織の襟にも黒八丈が使われています。粋な恰好をして寿司を売り歩くと、よく売れたんだと思います。粋でお洒落な人が黒八丈を使っていたようですね。

※黒八丈の使用例参照:江戸十橋之内永代橋 | 錦絵でたのしむ江戸の名所

「ヤシャブシ」と「鉄分の多い泥」で染める

ーー黒八丈は、どんな材料を使って染めるんですか?

森さん:「ヤシャブシの実(写真下)と、鉄分の多い泥を使います。ヤシャブシの成分である『タンニン』と泥の中に含まれる『鉄』の化学反応を利用して黒く染めているんです。」

※編集部注)「ヤシャブシ」
カバノキ科。本州(東北南部~紀伊半島)、四国、九州 の山地に自生する日本固有種の落葉高木。花期は3〜5月、10〜11月の秋に実は褐色に熟す。

森さん:「1回泥染めした段階ではグレーっぽい色(写真上)をしていますが、泥染めの回数を重ねる(写真下は19回目)と黒が濃くなっていきます。最初に染めてからちょうど2年が経過したものです。」

ーー2年もかかるんですか!?

森さん:「黒八丈は、20回は染めるので、20日で終わるじゃないかとよく言われるんですけど、決してそうじゃないんです。お腹が空いたころに染めるといいますか、少しおいてから染めると良く染まるので、だいたい2年はかかります。15回くらいである程度の黒にはなるんですが、そのあとの5回で、黒に照りや深みが出るんです。それが黒八丈の特徴なんです。

きっかけは五日市町史

ーー黒八丈を復活させようと思ったきっかけは何だったんですか?

森さん:「私は30歳までサラリーマンで、都心に通って働いていました。しかし、あるとき名古屋への転勤話が浮上しまして、それがどうしても嫌だったんです。そこで思い切ってサラリーマンを辞めて、実家の糸屋で働き始めました。毎日決められた工程を繰り返す縫合糸の製造は、当時の私にとって少し退屈でした。そんなとき、たまたま読んだ五日市町史の中に『黒八丈』のことが書いてあったんです。私は糸屋のせがれで、ここにずっと住んでいるのに、黒八丈という名前すら知らなかった。『地元にそんな織物があったのなら作ってみたい!』『糸屋だから失敗してもいいか。』と思って始めました。それが40歳の頃です。」

ーーその五日市町史に、黒八丈の染め方が詳しく書いてあったんですか?

森さん:「いや、町史は歴史の本ですから、この地域で黒八丈を作っていたのは何軒だったとか、年貢の代わりに収めていたとか、そういうことは書いてあったんですけど、肝心の染め方のことは全く書いてありませんでした。材料が『ヤシャブシ』だったことや『鉄分の多い土』が使われていたことは書いてあったんですけどね。いつの時期のヤシャブシがいいのか、どうやって染めるのかなど、具体的なことは一切書いてなかったんです。昔やっていたという所に何軒も聞いてみたんですけど、知っていた人は1、2人くらい。みんな知らなかったです。大正3、4年頃に途絶えてしまったわけだから、私が始めるまで約80年空白の期間があるんですよ。」

ーーどうやって黒八丈を復活させたんですか?

森さん:「最初はいつの頃のヤシャブシがいいのか、何もわからないから、落ちている茶色い実ばかり拾って煮ていたんですけど、町史に書いてあるような黒にはならなかったんです。それで、1年間、ヤシャブシの木に通って観察しました。花が咲いて、小さい実がなって、青い実(緑色)がだんだんと茶色くなって枯れていくんですが、10月の中頃になると、青い実の中にぽつんと茶色の点が入るんです。水揚げが終わって冬越しの準備が始まる合図だとわかりました。その状態の実を取って染めてみたら良く染まったんです。」

ーー木になっている青い実を使う必要があったんですね!

森さん:「そうなんです。木の上で実が茶色くなった時に雨が降ると、地面が黒くなりました。実の中に雨がどんどん浸み込んで、ヤシャブシに蓄えられたタンニンが流れ出ていたんですね。実が青いうちは雨をはじくので、実の中にタンニンが貯まったままだったんです。だから、黒く染めるには、木になっている青い実じゃなきゃダメだったんですよ。それがわかるまで2年ほどかかりましたね。」

ーーそうやって1つ1つ実験していったんですか?

森さん:「そうです。泥も鉄分が多い方がいいだろうと、最初は赤い土ばかり取っていましたけど、赤いのは酸化した土だから、すでに錆びた状態で力がなく結構失敗しました。青いヤシャブシの実を使うことがわかるのに2、3年。それと一緒に泥探しもして、五日市中を回りました。染めムラが出ないようにするには、泥を『ザル』で漉すのが良いというのがわかったのは6年目。結構時間がかかりました。この作業には私の40代の10年分が詰まっています(笑)。」

森さんの本業は「張り撚り式八丁撚糸機」を使いこなす糸作り

黒八丈を復活させた森さんは、実は手術用の縫合糸を作る職人です。本業の傍らで試行錯誤を繰り返してきました。そんな森さんは、「張り撚り式八丁撚糸機(はりよりしきはっちょうねんしき)」という今では希少な昔の機械で糸を作っていると伺い、工房を見学させていただきました。

ーー随分奥行きのある工房ですね!

森さん:「奥行きは45m、糸を張るところまでは42mあります。そのための奥行きなんですよ。この機械(写真下)を使って糸を作るんですが、糸を張りながら撚りますので『張り撚り式八丁撚糸機(はりよりしきはっちょうねんしき)』と言います。」

森さん「後ろにある糸巻きから糸を出して1本にまとめ、機械にかけていきます。繭玉(まゆだま)1個が3デニール(繊維の太さを表す単位)。繭玉7個を合わせると3×7で21デニール、21中(なか)という糸の太さになります。27中だと繭玉9個分です。糸は直径が太ければ強さも太くなるし、重さも重くなります。」

ーー目的の太さになるように生糸を合わせて撚りながら1本にしていくんですね。

森さん:「はい、ここに(写真上)糸を引っかけて42m引っ張っていきます。これ全部、1本の糸で繋がっている状態です。42mの往復で84m。それが16個分(丸い部品)あるから全部で約1300mの糸になります。これを2本ずつ合わせて撚ると、最終的にはその半分の約650mの糸になります。2本合わせて撚ることを二子(ふたこ)撚り、3本なら三子(みこ)より、4本なら四子(よんこ)より。糸を合わせる数が増えると糸の強度が増していきます。」

森さん:「糸を引っ張るときは、すべて同じテンションで引っ張っていかなければなりません。早く歩くと糸が切れちゃうので注意が必要です。親父に教わったことは特になくて、親父が糸を引っ張っている様子を子どもの頃から見ていましたから、目と耳で覚えたようなもんですね。」

森さんの仕事は「撚糸(ねんし)」という生糸の加工です。「撚糸」とは、糸に撚(よ)りをかけること。細い生糸を1本にまとめ、撚りをかける(ねじり合わせる)ことで、糸に強度や風合いを持たせるために行います。糸に斜線が入ったように見える(写真下)のが撚糸の証です。

森さん:「手術用の縫合糸は、東京の本郷や湯島にある医療用の問屋から注文をいただいて作るんですが、安定して注文が入るので何とかやっています。今は、人間用の縫合糸は作っておらず、獣医さんが扱う動物用の手術糸だけを作っています。」

ーー手術用の縫合糸と機織り用の糸に違いはあるんですか?

森さん:「両方絹糸で、特に違いはないんですが、手術用の糸は法律に則って作らなくちゃいけないので、細かい決まりごとがあるんです。どこの農家が作った繭で、誰が作った糸なのかということもわかるようにします。」

森さんは独特の古い製法の撚糸ができるので、糸を復元して欲しいという依頼もよくあるそうです。

森さん:「静岡市歴史博物館に展示された徳川家康の鎧『紅糸威腹巻(べにいとおどしはらまき)』の復元にも携わりました。これは今川義元が家康に贈った鎧です。徳川家康の時代に流行っていた細い糸で非常に強い撚りをかける方法で作りました。」

ーー糸の撚り方から流行があったんですね!他に何か特徴のある糸はありますか?

森さん:「通常は右撚りの糸が多いんですが、鷹を調教する「鷹匠(たかしょう)」が使う「忍び糸」は、左撚りの独特な糸です。左撚りの糸は、糸を結ぶ時に非常にやりにくくて難しいです。」

ーー右撚りと左撚りの糸に何か違いはありますか?

森さん:「ある人から聞いた話では、朝鮮から渡ってきた技術は意外と左撚りが多いとおっしゃっていました。佐賀錦は左撚り、和紙漉きの道具で簀(す)がありますが、そこに使われる糸も左撚り。さきほどの鷹匠の忍び糸も左撚り。私としてはオーダー通りに作るだけなので、どっちでも構わないんですけどね。(笑)」

昔、この地域には、手術用の糸を作る糸屋は5軒あったそうですが、今は森さんだけになりました。しかも、張り撚り式八丁撚糸機は、全国的に見ても、もうここにしか残っていないのだそうです。森さんは、国内で唯一、張り撚り式八丁撚糸機を扱える糸職人なのです。

森さん:「この機械が使われなくなっていったのは、熟練の技が必要だからだと思います。ちょっとやれば出来るってもんじゃないのでね。」

泥染めワークショップ

黒八丈は実際、どんな風に染めるのか。泥染めワークショップに参加させていただき、詳しくお話を伺いました。

森さん:「今日は泥染めでシルクのショールを染めます。これが染めの原料に使う『ヤシャブシ』(写真下)です。この地域では、ヤシャブシの中でも実が小さい『ヒメヤシャブシ』が取れますが、たまたま実が大きい『オオバヤシャブシ』が取れたので、今回はこれを煮出しました。その染液がこちら(写真下)です。40分ずつ2回煮出しました。昔、この辺では農家の庭先で黒八丈を染めていたので、庭先には煮出したヤシャブシが山になっていたという話もあるんです。」

森さん:「染液の温度は55度ぐらい。温度が高ければ高いほど濃く染まります。でも、絹はタンパク質だから、我々が火傷するような温度ではダメなんです。温度を上げられない分、何度も染める必要があります。その代わり、色持ちはいいですよ。20回染めると黒に深みも出ますしね。」

森さん:「これが本来のヤシャブシの色です。この液の中にタンニンがいっぱい入っています。ショールが黄色くなってきたでしょ。ここに泥に含まれた鉄分が入ると、化学反応を起こしてグレーに染まります。ヤシャブシだけでは黒く染まりませんし、泥だけでも黒く染まりません。」

ヤシャブシの染液に1時間ほど浸した後、いよいよ泥染めです。

ーーこれはどこの泥ですか??

森さん:「この近くにある昔水田だったところの土なんですが、その地主さんにお願いして使わせてもらっています。冬場はひと月は置けるけど、夏場だとひと月もおけません。酸化しちゃうんです。酸化した土を使うと黒く染まらないから、酸化する前の泥を取ってくる必要があります。地層としてグレーっぽい部分が凝縮されている土がいいですね。」

ーーオレンジ色の部分が酸化している部分ですか?

森さん:「そうです。鉄分が多い土がいいのだと思って、最初はオレンジ色の泥ばかり集めていたんですが、良く染まらなくてね。酸化する前のグレーの泥を使わなくちゃいけなかったんです。それがわかるまで苦労しました。」

森さん:「それに『ザルを使って泥を漉す』というのも、なかなかわからなかったんです。泥が重なっていると、染めにムラが出てしまうんです。ザルで泥を漉すことによって、綺麗に染めることができるようになりました。」

泥が付いた状態のショールをバケツに入れ、すぐ近くを流れる秋川へ移動しました。ここで泥を洗い流します。

ーーどうして川で洗うんですか?

森さん:「流れがないと泥が落ちきらないんですよ。洗っていると、こうやって濁りますので、20、30m泥の筋ができます。昔は農家の農閑期に一斉に川で泥染めをしていたようで、その泥の濁りで川に筋が出来たそうです。そうすると『秋川谷に冬が来た』と言われ、冬の風物詩だったようです。川が近い家の裏側には泥染め場があったとも言われています。」

森さん:「今はゴム手袋がありますけど、昔は大変だったと思いますよ。家に帰って水道の水で手を洗うとお湯じゃないかと思うくらい、真冬の川の水は冷たいですからね。昔の絵に、絹糸を背負子(しょいこ)に背負い、両手に鉄瓶を持って川へ行く姿があるんですが、川の冷たさで手がしびれると、鉄瓶の中に手を入れて、お湯で暖を取っていたようです。」

ーーわぁ!グレーに染まりました!

森さん:「いい色に染まりましたね!これが泥染め1回目の色です。」

黒八丈は誇り高き地域の宝

ーー森さんは元々染色の知識もあったんですか?

森さん:「いや、始めた頃は染色の知識はなかったです。親父がよく我慢してくれていたなと思いますよ。親父は手術用の糸を作っているのに、せがれの私は染めの研究をしていたんだから。黒く染めることが出来たとしても織物になるかもわからないし、何やってんだって感じだったと思いますよ。」

ーー先が見えないことに挑戦している間、嫌になったことはなかったですか?

森さん:「嫌になるってことはなかったですね。意外とすぐ気持ちを切り替えて、次の日の朝が来るのが待ち遠しいくらいでした。最初にグレーに染まった時なんて、そりゃあ、感動的でしたよ。やったー!ってね。」

ーー森さんにとって、黒八丈はどんな存在ですか?

森さん:「私にとっても、五日市の人にとっても誇らしいですよ。江戸から明治、大正と『黒八丈』という染め織の文化がこの地域にあって、栄えていたわけですから。これはやっぱり忘れちゃいけないことだと思います。私が始めた頃は、完全に忘れ去られていたから、誰も教えてくれる人がいませんでした。一度途絶えさせると本当に大変です。また何十年後かにやりたい人が出てくるかもしれないから、私は自分が苦労している分、データや資料だけはちゃんと取っておいて、残しておきたいと思っています。」

次回の泥染めワークショップは、11月頃を予定しているそうです。森さんの工房では、黒八丈の製品を販売しています。見学可能ですが、仕事で対応できない場合もあるそうなので、事前にお電話をお願いいたします。

◆糸工房「森」公式サイト

糸工房「森」

あきる野市「五日市郷土館」の常設展にて、黒八丈の羽織を見ることが出来きます。森さんの工房を見学される際は、ぜひ、合わせてお出かけください。また、PDFで一般公開されているあきる野市教育委員会発行の「郷土あれこれ」第8号にも黒八丈の詳細が書かれています。

◆あきる野市 公式サイト

あきる野市

■編集後記

黒八丈の糸で作ったアクセサリーは、全部、森さんの手作りです。森さんは「自分は糸職人だから、黒八丈の糸で何か作りたい」と考え、「マクラメ」を習いに行ったそうです。マクラメは、船員のロープ結びが元になった紐結びの技法で、「どうせ習うなら、日本一の技術を持っている人に習いたい」と、都心にある先生の教室に月2回通い、マクラメの技術を習得したそうです。森さんの飽くなき探求心と向上心があったからこそ、黒八丈を蘇らせることが出来たのだと思いました。まさに職人魂!黒八丈は後世に受け継いでいって欲しい宝物です。(ものづくり新聞 小柴寿美子)

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日本の生糸 最後の砦「碓氷製糸株式会社」

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