ヒトを訪ねて

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2026.06

伝統を「需要」という原動力で回す。漆芸家・杜野菫さんが提示する、工芸の生存戦略

2026年6月25日公開 

「漆って、空気と水以外なら、何にでも塗れるんですよ。」

そう語る漆芸家・アーティスト、杜野菫(もりの すみれ)さんの瞳には、伝統という言葉に伴いがちな保存や保護といった悲壮感はありません。そこにあるのは、一万年続いてきた技術を、いかに現代の日常に馴染ませ、人々に使ってもらえるものとして届けるかという、極めて冷静で現実的な視点です。

2025年に京都伝統工芸大学校を卒業したばかりの彼女は、漆芸家キャリアのわずか1年目にして、企業から指名を受け、スノーボードやヘッドフォン、ヘルメットといった現代的なプロダクトに漆を施すプロジェクトを次々と動かしています。

伝統工芸が「衰退」や「後継者不足」という言葉と共に語られるようになって久しい今、杜野さんが描く工芸の未来は、それらとは全く別の地平にあります。現代アートへの興味からスタートし、現在はものづくりやデザイン、日本の伝統、そして「人が使うものを作ること」「自分が作る意味」へと視野を広げている杜野さん。彼女が実践する「伝統と現代の価値観融合」と、若手作家が直面する工芸界の構造的課題について、お話を伺いました。

工房の片隅。年季の入った作業台の上には、伝統的な漆の道具に混じって、現代的なデザインのヘッドフォンやスノーボードの板が、ごく自然に並べられています。この少しアンバランスで刺激的な光景こそが、彼女の現在地そのものを物語っていました。

漆を「ライフスタイル」へ。スノーボードに宿る一万年の技術

ーー漆といえば、重箱や茶道具、あるいは高級な調度品を思い浮かべるのが一般的かもしれません。しかし、杜野さんの手がける作品は、それらのイメージをかろやかに飛び越えていくように感じます。

提供:杜野菫さん

杜野さん:「現在は企業様からの依頼で、開発の一環としてヘッドフォンのハウジング部分のテストピースを漆塗りで制作しています。今進めているのは、スノーボードやオーディオ機器への漆塗りです。漆は非常に手間がかかり、時間もかかります。だからこそ、単に飾っておくだけのものではなく、その本質的な能力、つまり堅牢さや美しさを発揮できる『道具』であることもひとつの大きな価値である、と考えています。」

ーー杜野さんは青森県のご出身で、高校時代からスノーボードに親しんできたと伺いました。また、今年はメーカーと協力し、漆塗りのボードも制作されています。スノーボードに漆を塗るのには、ご自身のライフスタイルも深く関係しているんですか?

杜野さん:「現代の素材であれば、ゴムやシリコン系以外はほとんど塗ることができるんです。漆は曲がるものでも全然大丈夫です。スノーボードのような過酷な環境で使われる道具に漆を施すことは、漆の持つ『リペア可能』で『何百年ももつ』という素材としての確かさを証明することにも繋がると考えています。」

ーーリペア可能というのは、現代のライフスタイルにもマッチする気がします。単に「珍しいものに塗る」というパフォーマンスをしているわけではないのですね。かつて漆器が生活の必需品であったように、現代の人々が欲しいと思うものにこそ、工芸の入り込む余地があると。

工芸は「アート」ではなく「産業」である

杜野さん:「伝統工芸という名前がついたのは最近のことです。本来、工芸とは需要があるから続いてきたものです。時代に合わせて形を変え、人々のニーズに応えてきたからこそ、技術が継承されてきました。私は工芸を『産業』として捉えています。産業であれば、需要に即したものを作ることが本質であり、時代に合わせて変わっていくのが自然な姿なのかなと思っています。

元々は現代アートへの興味から漆芸の世界に入りました。しかし、表現としての『自分』を出すことよりも、まず『技術』を身につけることを選んだんです。」

杜野さん:「アートはその個性に価値がつきますが、工芸は『物の価値』になります。私が作っても、他の誰が作っても、技術が同じレベルなら基本的には同じ価値になる。それが工芸の特徴であり、一つの形しての強みでもあります。お茶碗でなければいけない、茶道具でなければいけないといった固定観念は、むしろ新しい考え方であって、本来の工芸のあり方とは少し違うのではないかと解釈しています。」

ーー杜野さんの「工芸=産業」としての視点は、創作ルールにも反映されているんですね。

杜野さん:「プロダクトとして使えるものを作る、現代に必要とされているものを作る。それが、『伝統を守るための攻め』に繋がるのではないかと考えています。」

江戸時代からのバトン。国立博物館での発見と歴史の連続性

ーー杜野さんは、現場での制作と並行して、学術的な研究にも情熱を注いでいるそうですね。

杜野さん:「京都国立博物館で、学芸員の方もその正体を知らなかった技法を見つけたんです。鶴の脚を使ったとされる技法で、日本に3点しか現存していないものです。調査を進めた結果、実際には鶴の脚の皮ではなく骨を使用していることを突き止めました。」

杜野さん:「一万年分積み重なってきた技術があって、昔からある方法が結局一番効率的だったりします。美術館で何百年も前の作品を見ても、どうやって作っているのかが手に取るように分かるんです。それは、私が今現在使っている技術と地続きだからです。一万年前の人たちが積み上げてきたものの上に、今自分が立っているという感覚。これは工芸をやっている人間だけが味わえる、非常に面白い体験です。」

ーー一万年の積み重なりってすごいですね。気が遠くなるようですが、確実に今につながっていると思うと面白いです。

杜野さん:「ですよね! 学芸員さんでも知らないことを、学校を出たばかりの私が発見できちゃうなんて、めちゃくちゃ夢があるし面白いなって。江戸時代の職人さんと、今同じことをやっているんだなと思うとワクワクします。」

構造的欠陥への提言。なぜ若手は工芸で食べていけないのか

ーー現代の工芸は、どうしても後継者不足の問題を抱えています。どのように考えていらっしゃいますか。

杜野さん:「学校には伝統工芸の後継者になりたい優秀な子たちがたくさんいるのに、卒業しても就職先がない。これが現実です。バブル時代に仕事が溢れていた上の世代は、新しいことをしなくても食べていけました。しかし、私たちの世代は仕事そのものを作るところから始めなければなりません。

技術の素晴らしい大ベテランの職人の方々が、昔ながらの金額で仕事を引き受け、技術や金額の面で若い世代は太刀打ちできない現状があます。見習いたい部分もありますが、これから生活を成り立たせていかなければならない若い世代にとっては、適正な収入を得られないことは死活問題になります。結果として、優秀な人ほど業界を離れていくという悪循環が起きてしまっています。」

杜野さん:「現在、漆芸を取り巻く環境は厳しく、漆の価格高騰や生活費の上昇など、普通に作っているだけでは食べていくのが難しい状況があります。私のような若い、技術もまだまだ乏しい作家が、素晴らしい技術を持つ職人さんたちのなかでどう生きていくか。自分のような未熟者だからこそ、自分にできる形からのアプローチで仕事を作り、いいものを適正な価格で届けることが大切だと思っています。しっかり本物の工芸を適正な価格で売り、健全なお金の流れを作っていくことが、これからの工芸界には必要なのかなと感じています。」

文化を守るのは「購入者」である

杜野さん:「漆芸がなくても世界は困りません。でも、あった方が世の中は絶対に面白い。無駄であること、手間をかけることこそが、人間としての本質的な豊かさかもしれません。日本が世界に誇るこの技術がなくなるのは、単純にもったいないことだと思うんです。」

ーーそうですよね。せっかくの美しく、強いものを作る技術を残していきたい。どうしたら伝統工芸は未来へ続いていくと思いますか?

杜野さん:「工芸はお茶碗やお箸だけのイメージがありますが、みんなが必要としてきたから存在するカルチャーであり、産業でもあります。それが続いていくためには、購買が必要。文化を守るのを手助けしてくださるのは、文化を守るのは、私たち作り手ではなく、それにお金を払って使ってくださる方々なんです。だからこそ、作り手は、『偉い人のための格式高いもの』ではなく、現代の私たちが心から欲しいと思うかっこいいものや美しいものを作るべきだと思います。」

杜野 菫(もりの・すみれ) 2025年、京都伝統工芸大学校卒業。青森県出身。大学在学中からSNSを積極的に活用し、卒業1年目にして企業との共同プロジェクトを実現。スノーボードやヘッドフォンなどの現代プロダクトに漆を施す。一方で、江戸時代の漆芸技法を研究し、制作と研究の両輪で活動を続けている。

編集後記

「漆は、空気と水以外なら何にでも塗れる」という杜野菫さんの言葉には、伝統という言葉にまとわりつく湿り気を一瞬で吹き飛ばすような、爽快なまでの潔さがあります。私たちが伝統工芸に対して無意識に抱いてしまいがちな「壊してはいけない」「守らなければならない」というある種の悲壮感。それに対し、彼女が見せているのは、一万年続いてきた技術を現代の道具に最適化させるという、極めて合理的でタフな生存戦略でした。

一方で、取材中に時折見せる「自分が滑りたいからスノボに塗る」「学校を出たての私が見つけちゃった!」と目を輝かせる等身大の無邪気さは、非常に魅力的でした。理論武装された言葉の奥にあるのは、業界の矛盾に直面しながらも「手を動かすことが楽しくて仕方がない」という、20代の圧倒的なエネルギーと瑞々しい衝動です。

今回の取材で最も胸を突かれたのは、彼女が工芸を「アート」ではなく、あくまで需要によって回る「産業」と言い切った点です。ベテラン世代との構造的な乖離や原材料費の高騰といった厳しい現実に目を背けず、それを踏まえた上で「ブランド」としての価値を自ら構築しようとする姿勢。そこには、過去を懐かしむ余裕など微塵もありません。しかしその一方で、江戸時代の名もなき職人の技法を解き明かし、何百年も前の「物」と地続きの会話を楽しむ彼女の瞳には、工芸に携わる者だけが味わえる至福の時間が流れているようにも見えました。

文化の本当の守り手は作り手ではなく、お金を払ってそれを使う「購入者」である。この言葉は、単なる作り手の責任転嫁ではなく、使い手に対する最高の信頼の証ではないでしょうか。私たちが何を選び、何に価値を見出すかが、そのまま未来の文化の形を決めていく。雪原を滑走する漆塗りのスノーボードのように、伝統を「止まった過去」から「動き続ける日常」へと引き戻そうとする彼女の挑戦を、これからも一人の目撃者として、そして一人の使い手として追いかけ続けたいと思います。

(ものづくり新聞/オギユカ)

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