ヒトを訪ねて
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2026.02
産地を越えた伝統工芸のコラボ/「京友禅」と「琉球びんがた」革という新素材への挑戦!

2026年2月13日 公開
京都の伝統染色技法「墨流し」が施された牛革の財布。マーブル模様が美しいです。

芸術的な「京友禅」のポシェット。

西陣織の「引箔(ひきはく)」を用いたスニーカー。

これらはすべて、京都のレザーメーカー、KYOTO Leather株式会社が手掛ける「KYOTO Leather® プロジェクト」から生まれた商品です。2016年にスタートした本プロジェクトは、職人の技術継承や後継者の育成といった「伝統産業の課題解決」を目指す取り組みです。京都の伝統工芸と、国内最大の皮革(ひかく)産地である姫路のメーカーを繋いできました。
そのプロジェクトの作品を集めた展示会が、東京・麻布台ヒルズの大垣書店メインギャラリーで2026年2月15日(日)まで行われています。

近年、新たにプロジェクトに加わった沖縄の「琉球びんがた」による革製品もありました!鮮やかな色合いが目を引きます。(取材時:2026年2月)

展示期間中の2月7日(土)、このプロジェクトに関わっている京都の「京友禅」と沖縄の「琉球びんがた」の職人たちが登壇するトークショーが行われ、その様子を取材してきました!
「京友禅」と「琉球びんがた」それぞれの歴史と特徴
トークショーには、写真下の左から、琉球びんがた事業協同組合理事長・宮城 守男(みやぎ もりお)さん。京都染型協同組合理事長・谷口 尚之(たにぐち なおゆき)さんが登壇。聞き手はKYOTO Leather株式会社 代表取締役・田尻敏寛(たじり としひろ)さんが務めました。トークショーのタイトルは『手描友禅と紅型、最前線の職人が挑む「素材の変革」』です。

華やかな町人文化から生まれた「京友禅」
京友禅の始まりは、町人文化が華やかだった江戸時代の元禄期(1688~1704)。京都の東山・知恩院の門前町に住んでいた扇絵師の宮崎 友禅斎(みやざき ゆうぜんさい)が、元々扇に描いていた優雅な模様を着物に描いて販売したのが始まりです。京都や江戸で大人気になったそうで、その方にちなんで『友禅』と言われるようになりました。明治初期になると、廣瀬 治助(ひろせ じすけ)が、型紙によって友禅の模様を染める「写し染め(うつしぞめ)」を始めるようになり、複雑な模様を効率よく染められるようになりました。現在の振袖や訪問着には、その技法が活かされているそうです。

京都染型協同組合の理事長、谷口 尚之(たにぐち なおゆき)さんは、株式会社谷口染型工房の代表。京都手描友禅協同組合に所属する伝統工芸士で、京の名工。伝統的な京友禅の染型制作や捺染という型染の技術を継承し、伝統工芸の新たな市場開拓に尽力している。
谷口さん:「『型染め』は型を使って染色するやり方で、『手描き染め』は、生地に直接、筆などで染色をしていくやり方です。 この2つを総称して『京友禅』と言います。型染めでは、こういう型を使います。」

型には、和紙を柿渋で貼り合わせた「渋紙(しぶがみ)」が使われています。(写真上下)。

「京小紋」と呼ばれる型紙。細かいドット(点)で彫られています。中でも、扇状に描かれた模様は、サメ肌を模した「鮫小紋(さめこもん)」。こちらは江戸小紋の代表的な柄でもあるそうです。
今回展示されている作品は、京友禅の手描きと型染めで牛革を染めたもの。京都手描友禅協同組合のベテランから若手まで、年齢も経験も様々な組合員たちが染色した作品だそうです。

琉球王朝の華やかさを今に「琉球びんがた」
琉球びんがたの歴史は、14世紀~15世紀頃、琉球王国時代に遡ります。紅型は、元々は王族や士族にのみ使用が許される貴重な染物でした。主に、城間(しろま)、知念(ちねん)、沢岻(たくし)という紅型三宗家(さんそうけ)と呼ばれる家系が紅型をしていたそうです。当時は士族と同じような位を授かり、王家お抱えの仕事でした。しかし、1879年、琉球王国が廃止され、そのお抱え仕事もなくなってしまうと、この三宗家の職人たちは、庶民の紅型染めをするようになったそうです。

琉球びんがた事業協同組合の理事長 宮城 守男(みやぎ もりお)さんは、紅型工房「守紅(もりびん)」を主催する伝統工芸士。紅型の名門である城間紅型工房の城間栄順(しろま えいじゅん)さんに師事。現在は、産地のリーダー的存在として活動中。
琉球王国のロイヤルカラーは黄色。これは(写真下)『松に柳桜と藤と水辺花鳥文様紅型』というタイトルの縁起の良い柄が描かれた踊り衣装です。大きい柄は位の高い人だけが使用できる紅型だったそうです。

『大きい模様を描くことは王様に対して失礼』と、王族のもの以外は小さい柄や細かい柄で染めたり、『綺麗に染めると王家に対して失礼』と、あえて汚すように染めたりすることもあったそうです。現在、沢岻家は紅型をしていないそうですが、城間家と知念家は今も現役で紅型をしています。そんな琉球びんがたには、壮絶な歴史がありました。第二次世界大戦の沖縄戦で、道具も型紙もすべて焼失してしまったのです。
宮城さん:「紅型は、何度かとても大変な危機を迎え、その度に乗り越えてきました。最初は薩摩侵略の時。でも、この時はまだ良いこともあって、沖縄本土以外、それこそ本州の友禅など、いろんな他県や外国の染めの技術が混ざって、今の紅型の形になったと言われています。一番大きい危機は沖縄戦です。あの時は紅型だけでなく、沖縄の工芸も全部なくなってしまい、先輩たちがゼロから復興したんです。」

紅型染めの体験教室でも使われる琉球びんがたの型紙。 渋紙より扱いやすいST(エスティー)という型紙が使用されている。STは、和紙の代わりに合成繊維やプラスチック素材をベースにした型紙。
紅型には、型染めの他、袋に入れた糊を絞りだして描く「筒引き(つつびき)」という技法があり、サイズが大きいものを染める時に使うそうです。公式には「筒描き(つつがき)」という名称で統一されているそうですが、職人さんにとっては「筒引き」の方が馴染み深いとのことでした。
伝統産業が直面する課題

両産地が抱える共通の課題について、現場のリアルな声が上がりました。
職人の利益に繋がらない
田尻さん:「伝統工芸、伝統産業と言われるものは、成長産業というよりは、横ばいで、苦しい産業であると言われていますけれども、今、実際に産地が直面している最大の壁はどのようなものになりますでしょうか?」
谷口さん:「着物を着たいという人はいるけれど、実際それが販売に結びついてない、職人さんの利益につながっていないのが現状です。それをどう解消していくかは、職人さん自身が切磋琢磨し、これまでにはない面白いものを作っていくしかないんじゃないかと思いますね。」

ここで、京友禅のある作品が紹介されました(写真下)。京都手描友禅協同組合に所属する木戸源生(きど げんせい)さんが染めた帯です。型を使わず、手描きで染めたもの。糊を置く糸目(いとめ)も手描きだそうです。糸目とは、隣り合う色が混ざらないよう、糊で堤防を作る技法。これにより、絵画のように繊細で複雑な模様を生地に描くことができるようになりました。

木戸源生さんは、18歳で友禅の道に入り50年余り。日本の美しい四季を着物や帯に表現し「京友禅の現代美」を追求。京都手描友禅協同組合に所属。一般社団法人日本染織作家協会 副理事長、京都伝統工芸大学校 京手描友禅専攻講師。伝統工芸士、京の名工。長年の功績が称えられ、2023年秋の叙勲において、瑞宝単光章(ずいほうたんこうしょう)を受章。
道具類を作る職人の減少と入手困難な素材
宮城さん:「紅型も京都と一緒なんですけど、渋紙などの道具類を作る職人さんがいなくなってしまったり、現在はどうしても手に入らないものが出てきたりします。それは仕方がないことなので、そういう時は、代用品で賄っていくしかないと思います。」

次の職人のために販路開拓を
宮城さん:「僕らが今、この好きな紅型を染めていられるのは、先輩たちが道を作ってくれたおかげだと思っているんです。沖縄戦の後、先輩たちは何もない状態から復興したわけですから。そう思うと、我々職人が『次の職人のために何か畑を耕しておかないといけない』。なんとか工夫して次の人に繋げるというのも我々の使命だと思うんです。そのためには、レザーを染めた新商品の開発や販路開拓にも取り組む必要があると考えています。今までの技術を守ることも大事だけれど、やっぱり時代のニーズにも乗らないと置いていかれてしまいます。そうならないよう、しっかり次へつないでいくための取り組みとして、今頑張っています。」

紅型の帯。「染(そめ)さくはら」という工房のベテラン職人、照屋 和子(てるや かずこ)さんと佐久原 俟子(さくはら まちこ)さんの共同作品で、描かれているのは紅型の古典柄。古典柄の特徴は、なぜか、沖縄にはない風景や植物が描かれていること。沖縄には雪は降らないのに雪輪(ゆきわ)の中に鶴が飛んでいたり、楼閣柄(ろうかくがら)という沖縄にはない建物が描かれたりしています。
革新的な挑戦!「革」を染める難しさと喜び

現在、京友禅と琉球びんがたが共通して取り組んでいるのが「KYOTO Leather株式会社」とのコラボによる「KYOTO Leather® プロジェクト」!牛革への染色です。革を染めることへの最初の印象や難しさなどが語られました。
田尻さん:「『革を染めませんか?』って話を持ち込んだ張本人ですが(笑)、友禅さんとは10年前から、紅型の組合さんとは3年前からやらせていただいています(取材時:2026年2月)。革の素材に対して、それぞれ最初はどんな印象だったのか、教えていただけますか?」
谷口さん:「着物の生産量がどんどん減ってくると、やはり職人さんの仕事も減ってきます。その中で、何か新しい素材を使って何かできないかということでいろいろ考えている時に、田尻さんとの出会いがありました。生地だけじゃなく、革にもどんどん自分の持っている技術を生かして面白い独自の商品づくりをしてもらいたいと思っています。」
宮城さん:「『レザーの仕事が来たのでやってみませんか?』って話をしたら、紅型の組合員の多くの人が手を挙げてくれました。我々染めのプロなので、例えば絹や綿、麻、和紙など、天然の素材は何でも色を乗せられるし、染められるんですよ。だけど、革は弾く性質があるので、直接革に染めるのは難しい。本当は嫌だけど、なぜ失敗したのか、なぜ成功したのかを持ち寄ったんです。だからこそ、短期間でこれだけのものが染められるまでになったんだと思います。」

田尻さん:「今回、沖縄でも京都でも実際に使っている革は、基本的に皆さんが食べている、いわゆる和牛の革を活用しています。廃棄される皮を革製品にしているので、ある意味サステナブルです。なぜ今、革なのかというと、呉服の業界でも、シルクはほとんど輸入品になっていて、一部手に入る日本のシルクは超高級品。そんな中で、日本のものづくり産業を支える素材として、本当に限られた素材が『革』だと思うんです。宮城さんのところでも、やっぱり皮を染めるのは大変でしたか?」
宮城さん:「とても大変でした。紅型の長い歴史の中で、革を染めることにチャレンジした職人さんはいたんです。でもそれは、擦ると落ちるレベル。しっかり染めるには、『色落ちしないこと』が商品として成り立つ条件なので、とても難しかったですし、今でも気が抜けないほど難しいです。」
谷口さん:「同感です。革って生地よりも染料が染みるんですよ。その辺のコントロールもなかなか難しい部分がありました。初めての作業なので未知の部分が多く、安定してできるようになるまで時間もかかりました。ただ、大きかったのは、技術力の高い京都の職人さんが、いろいろ試作をしてくれて、一生懸命研究してくれたことです。そのおかげで、その技術を若い人にも提供することができ、ある程度クオリティの高いものができるようになりました。」

宮城さん:「牛の皮は部位によってシワが全然違うんです。場所によって縮み方も違うから、染め方も違う。だからこそ、非常に面白くもあり、難しいです。沖縄県の摩擦堅牢度検査(まさつけんろうどけんさ)で、5段階評価のうち、最終的には最高ランクの5を取ることができたので、『Bin.(びん)』と名付けてブランド化を進めることになりました。」
摩擦堅牢度検査とは、衣服同士がこすれたときに、どのぐらい他の衣服に色移りや色落ちがしないかを調べる検査のこと。数字が高いほど、色移りや色落ちしにくいということになります。

琉球びんがたのレザーブランド「Bin.」のバッグ。琉球びんがた事業協同組合の有志により2024年にスタートした国産レザーを活用した伝統工芸の新商品開発プロジェクトで開発された商品。2025年より「リゾートに旅する大人」をターゲットに、地産地消のレザーをベースとしたラグジュアリーブランドとして展開している。
宮城さん:「新素材の開発と新商品の開発が、今、進んでいるところで、とてもいい刺激になっています。谷口さんにも来ていただいて、友禅のみなさんと勉強会を開いて、型の話から友禅の話からいろいろ教えてもらい、プラスになりました。今、これが非常に楽しい仕事になっています。」
産地の枠を超え、次世代に向けて職人が今できること

トークショーの締めくくりは、お互いの産地をリスペクト!谷口さんが思う琉球びんがたの良さは「ビビッドな色彩」。宮城さんが思う京友禅の良さは「日本画のような繊細さ」。さらに、宮城さんは、沖縄のブランド牛の皮、牛革を使うことで、畜産業と連携し、地産地消といった大きな産業サイクルを育てていきたいと夢を熱く語りました。
宮城さん:「お肉を食べて、革を使うということは、とってもサステナブルな事業だと思うんですよ。実は、沖縄にはブランド牛がいっぱいいるのに、これまでは牛の革を使う感覚がなかったんです。今は屠殺(とさつ)とは言わずに屠畜(とちく)って言うんですけど、処分したあとは、皮を塩漬けにして、安価な革製品になるために外国に流れていたらしいんです。それなら、せっかくだからお肉は美味しく食べて、革を紅型で染めたら地産地消になりますし、僕がもし牛だったら、その方がきっと嬉しいだろうなと思って。」

宮城さん:「以前は革を使うイメージがないから、畜産業の方も金ダワシで牛をゴシゴシ洗っていましたけど、今は、できる限り柔らかいプラスチックのブラシで洗って、傷をつけないように育ててくれています。よりいい革が取れると染色の効率が上がるんです。紅型と友禅と京都レザーが繋がって、さらに姫路には革をなめすタンナーさんがいて、そこに皮を送る屠畜の業者さんがいる。これが全部上手く回り出したら、産業的にも面白い事業に育っていくと思うんです。」
谷口さん:「着物業界が低迷してきている中、時代のニーズに合わせて、こういう新しい素材へのチャレンジを続けることで、職人さんたちのビジネスチャンスになるような動きができるよう、これからも続けていくことが一番だと思います。」
質問タイムでは、「革はどうやって染めるのですか?」と私から質問させていただきました。
京友禅は染料で染めることが多いそうですが、紅型は「顔料(がんりょう)」で染めるそうです。顔料は粒に例えると染料より大きい粒なので、染料は布に染み込むけれど、顔料は布の表面にのるイメージだそうです。一番難しいのは、色落ちしないように顔料を吸着させる「蒸す」工程。蒸し器に入れ、牛革の毛穴が開く感じで革目を開かせ、そこに色を閉じ込めて色止めをするそうです。失敗談の中には、蒸す時間を長くし過ぎてしまい、皮がピザのようなでこぼこの状態で蒸しあがってしまったこともあったそうです。また、顔料を使うのは、沖縄の日差しが強過ぎるという土地柄もあるとのこと。染料だと日差しに負けて、色が全部飛んでしまうのだそうです。

左から琉球びんがたの宮城さん、京友禅の谷口さん、京都レザーの田尻さん。貴重なお話をありがとうございました!
伝統工芸×皮革産業で伝統産業の課題解決を目指す!

プロジェクトを企画したKYOTO Leather株式会社は、日本の伝統技術を継承している産地とタンナーと呼ばれる皮革製造業者を繋げることで、職人の技術継承や後継者の育成といった、伝統産業の課題解決を目指しています。普段はあまり表には出ない仕事が多いそうですが、ブランド品で何百万円、何千万円もする時計の革ベルトも作っているそうです。そんな陰の立役者的な企業でもあるKYOTO Leather株式会社の代表取締役、田尻敏寛さんに、なぜ紅型を選んだのかを伺いました。

KYOTO Leather株式会社 代表取締役、田尻敏寛さん。2016年に創業し、職人たちの卓越した手仕事と食肉の副産物である和牛の皮と融合させ、現代のライフスタイルに寄り添った商品開発を行っています。命を無駄にしない持続可能なものづくりも追求しています。
ーー産地を越えたつながりを通して、良かったと思うことはありますか?
田尻さん:「それぞれの職人さんたちに刺激が生まれたのが良かったですよね。沖縄では、牧場や屠畜場へも見学に行ったそうですし、それぞれの産地にも視察に行ったり、技術についても勉強し合ったりしているようです。」
ーー全国各地にいろんな染めどころがある中で、どうして今回沖縄の紅型に声をかけたんですか?
田尻さん:「レザー商品のいろんなバリエーションを増やしたいと思っていて、京都とは色や柄が全然違う沖縄の紅型にお願いしました。紅型は色が明るくはっきりしていて鮮やかです。同じ色合いでも京都だと落ち着いた感じになるんですよ。京都の伝統工芸とコラボしたレザー商品の中には、箔を使ったり、墨流しという技法を使ったり、いろいろあるんですが、例え、今、流行ったとしても、また流行らない時期が来ます。その周期を埋められるだけの商品のバリエーションを増やして、売上にもつなげていきたいと思っています。」
<イベント情報>
企画展「伝統の継承と革新:KYOTO × RYUKYU レザーアルティザン・フェア」は、2026年2月15日(日)まで、東京の麻布台ヒルズ タワープラザ4Fにある大垣書店のメインギャラリーで開催。
「ホップ ステップ 紅型展2026」が2026年2月24日(火)~3月2日(月)まで、沖縄の那覇市にある「デパートリウホウ」にて開催。このプロジェクトで誕生した沖縄の牛革を紅型で染めたブランド「Bin(びん)」の商品が展示・販売される予定。
●KYOTO Leather株式会社 https://kyotoleather.com/
●京都手描友禅協同組合 https://yuzen.or.jp/
●琉球びんがた事業協同組合 https://www.ryukyu-bingata.com/
琉球びんがたで染めたレザー商品は、今後、沖縄県那覇市にある「首里染織館suikara(すいから)」で販売する予定。
【編集後記】

トークショーに参加した人には、牛革を琉球びんがたで染めたキーホルダーがプレゼントされました。緑とオレンジの2種類あり(写真上)、私はものづくり新聞カラーのオレンジをいただきました。「サングヮー」という沖縄のお守りだそうです。ありがとうございます!大切に使わせていただきます!
取材を通して一番印象的だったのは、「革」という素材の可能性です。シルクの多くが輸入品である中、革は国内で安定的に調達できる数少ない「持続可能な素材」です。命を無駄にせず、そこに日本の伝統工芸という付加価値を付けて世界へ発信する。まさに「メイド・イン・オールジャパン」です。この挑戦は、伝統工芸が生き残るための大きな道標になるのではないかと思いました!
ものづくり新聞 小柴寿美子
