ヒトを訪ねて
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2025.05
日本古来のきらめき「金銀砂子」を継承する/株式会社菊池襖紙工場

2025年5月30日 公開
「ささの葉さらさら のきばにゆれる お星さまきらきら きんぎんすなご」
幼い頃、誰しもが一度は歌ったことがあるであろう童謡「たなばたさま」の一説です。ところで、この歌詞の中にある「きんぎんすなご」って、何のことだかご存知でしたか?漢字で書くと「金銀砂子」。金箔や銀箔を砂のように細かく切ったもののことです。七夕の夜空に光り輝くお星さまが、まるで金銀砂子のようだと詠った歌だったのです。

金箔や銀箔を粉末にしたり、四角や糸状に細かく切ったりしたものなどを用いて模様を描くことを「金銀砂子細工」と言い、平安時代から襖(ふすま)や屏風の装飾に用いられてきた日本の伝統的な装飾の技法です。しかし、近年は生活様式の変化から、襖や屏風の需要が減り、その技術を継承する人は少なくなってきました。そんな中、埼玉県草加市にあるインテリア商材メーカー、株式会社菊池襖紙工場(きくちふすまがみこうじょう)では、10年前(2025年4月取材時点)、会社として金銀砂子細工の技術を守り、継承していこうと、「伝統工芸室」という部署を立ち上げました。今回は、その伝統工芸室で働くお二人にお話を伺いながら、金銀砂子細工をあしらったものづくりの魅力に迫ります。
襖・壁紙市場シェアNO1!株式会社菊池襖紙工場
東京、西日暮里駅から舎人(とねり)ライナーに乗り、終点まで約20分。埼玉県草加市にある株式会社菊池襖紙工場にやってきました。菊池襖紙工場は、襖紙や壁紙を中心としたインテリア商材を企画、製造、販売する会社です。

創業は今から101年前の1924年(大正13年)。当時は、東京墨田区で襖紙の手捺染(てなっせん)加工をする職人集団だったそうです。手捺染とは、染めたい模様に対し、一色ごとに型紙を作って手作業で染めていく型染めのこと。型紙(写真下)を襖紙や壁紙の上に置き、型枠に染料を流し入れ、その上をヘラで均一になぞりながら、染めていきます。掘られた部分に色が染み込み、襖紙や壁紙に模様として写しだされます。

第二次世界大戦後、住宅需要が増えたことにより壁紙・襖紙の需要も急増。当時職人集団の一人だった菊池利男(きくち としお)さんは、事業拡大のため、1948年に会社を設立しました。1955年、日本が高度経済成長期に入ると、襖紙印刷用の輪転機を導入し、大量生産へ方向を転換。現在、工場がある埼玉県草加市には、1962年に移転しました。その後、さらに多くの新しい機械を導入し、合計16台の印刷機を設置。そのうち6台を占める大型輪転機(写真下)は、長さが5300mもあるロール紙を使い、ひと巻で2500枚もの襖紙が印刷できるそうです。

この日は桜の柄が描かれた襖紙の印刷が行われていました。

こちらは「エンボス加工」が出来る印刷機(写真下)です。エンボス加工とは、金属などの素材に凹凸をつけ、圧力をかけることで、その模様を浮き彫りにする加工技術のことです。このエンボス機では、10トンの圧をかけて紙に模様をつけるそうです。そうすることで、紙に表情が付き、糊が付きやすく、襖や屏風、書画などを装飾する表具屋さんが壁紙を貼りやすくなるという利点も生まれます。

そのエンボス加工が施された壁紙(写真下)です。最近はDIYをする人も多く、自分で貼ってはがせて、糊残しもないタイプの壁紙が人気なのだそうです。

また、障子紙といえば、和紙が一般的ですが、最近は破れにくい「プラスチック障子紙」が人気なんだとか。それを印刷する最新の印刷機械がこちら(写真下)。UVインクを用い、紫外線を当てて印刷しています。

菊池襖紙工場がこのようなDIY用製品の製造販売を始めたのは2010年。襖紙や壁紙といったインテリア全般へ事業を展開しました。襖離れもあり、業界的には吸収合併も行われる最中、紆余曲折を経て、つい最近、襖・壁紙市場でNO.1の企業になったそうです。一方で、日本古来の装飾の技法である金銀砂子細工を守ろうと「伝統工芸室」という部署を立ち上げ、時代に合ったやり方を模索し続けています。社内のエレベーターの扉にも各階ごとに違った金銀砂子細工が施され、現代生活に合わせた工夫が感じられました。

今回は、その伝統工芸室で室長を務める、この道36年のベテラン、山本和久(やまもと かずひさ)さん(写真右)と、入社9年目の青柳奈央子(あおやぎ なおこ)さん(写真左)にお話を伺いました。

山本和久さん、宇都宮市出身。美術学校の日本画講師などを経て、現在は菊池襖紙工場 総合企画部 伝統工芸室 室長。金銀砂子細工を用いた企画、デザイン、制作を担当。趣味は家族に作る週末パスタ。山本さん作の「ゴルゴンゾーラとしめじのペンネ(写真下・右上)」と「ブロッコリーのオレキエッテ(写真下・右下)」。
青柳奈央子さん、埼玉県出身。菊池襖紙工場 統合企画部 伝統工芸室にて、手加工品の企画提案、および制作を担当。趣味は飼い猫と遊んだり、日帰りで旅行などに出かけたりすること。いま時季は季節の花を見によく出かけるそうです。(写真下・左)

これぞ金銀砂子!
早速、室長の山本さんが「金銀砂子」の様子を見せてくださいました。

「接着剤の役割をする「膠(にかわ)」は牛や鹿の皮や骨を煮て、コラーゲンを抽出したものです。膠は乾燥した状態で販売されているので、煮溶かして使います。(写真下)。

山本さん:膠だけだと接着力が弱いので、うちはオリジナルで「焼きミョウバン」と「アクリルメディウム」という添加物も加えて粘着力を強化しています(写真下)。現代的なやり方になりますけど、こうすることによって、上から重ねて貼ることもできるし、強い力もかけられるようになるので、扱いやすくなるんです。

刷毛を使って紙の上に糊をつけ、いろいろな形に切った銀箔を用いて装飾していきます。

四角く切った銀箔を置くときは、水で湿らせた小筆の先を使います。静電気が起きることなく、筆先で銀箔を持ち上げることが出来るので、そのまま目的の場所に置いていきます。

山本さん:これは「切り砂子(きりすなご)」です(写真下)。銀箔を細かく裁断したものです。これを筒の中に入れて、撒いていきます。

山本さん:こんな風に、筒の先が糸で格子状になっていて、ここから切り砂子が出てきます。

山本さん:「トントントントン」と、こんな感じで撒くんです。

ーー綺麗~!!
山本さん:これが、「たなばたさま」に出てくるお星さまキラキラという金銀砂子のイメージですね。
材料は金属を1万分の1の薄さにした「箔」
金銀砂子細工に使用される「箔(はく)」は、金属を1万分の1ミリという非常に薄い紙状に延ばしたもの。金で作られたものを金箔(きんぱく)、銀で作られたものを銀箔(ぎんぱく)といい、国内では、99%が金沢で製造されているそうです。

安価で豪華さを楽しめる「代用箔」
この金箔(写真上)は、代用箔(だいようはく)というもので、文字通り、代用品で作った箔のことです。第二次世界大戦中、金箔の製造が制限された時代に生まれました。金や銀の豪華な雰囲気を安価で楽しめるうえ、扱いやすいというメリットがあります。最近、金箔の値段が3倍ぐらい値上がりしたそうなので、この代用箔がよく使われるのだそうです。
現在は、金箔、銀箔のほか、プラチナ箔、アルミ箔、代用箔など、たくさんの種類の箔があります。

金銀砂子細工の歴史

ーー金銀砂子は屏風や襖に施されることが多いそうですが、平安時代からある古来の技法なんですよね。
山本さん:はい、広島の厳島神社に奉納されている国宝の「平家納経」は、平安時代、平家が厳島神社に奉納した装飾経(そうしょくきょう)で、装飾を凝らした写経なんですが、その境界の部分に金銀砂子の技法がふんだんに使用されています。平安時代にはある程度、こういう技法が確立されていたということですよね。
青柳さん:元々は大陸から入ってきた文化だったんですが、平安時代になって、唐(当時の中国)との貿易が途絶えてから、日本独自の形態に進化していったようです。平安末期ぐらいには、今に伝わる金銀砂子細工の技術がすでに出来上がっていたようです。
この他、砂子が施された有名な作品は、12世紀ごろに制作された国宝の「本願寺三十六人家集」、「源氏物語絵巻」などがあるそうです。
金銀砂子細工の技法 あれこれ
金銀砂子細工には、様々な道具や技法があります。今回は、その一部をご紹介します。

①竹刀(ちくとう)
箔を切るときに使う竹刀(ちくとう・写真下)です。竹は静電気を発生しないので、非常に薄くて軽い箔でも切りやすく、切り口を鋭利にすることで箔専用のナイフになります。

②切箔(きりはく)
青柳さん:切箔は、箔を竹刀で様々な形に裁断したものです。竹刀にはすべりを良くするため、手には静電気防止のため、精製タルク(天然の鉱物の微粉末)を付けます。右手の人差し指を竹刀の上に置いて、まっすぐ下ろして前後に動かすと切れます。

青柳さん:竹刀を軽くあてて、力を入れず動かすことがコツです。

切箔は、用途に合わせ、いろいろな種類をたくさんストックしておくそうです。色や大きさが違った切箔がざっと50種類以上は保管されていました。
青柳さん:用途によって種類も多いですし、一日中これを切って終わることもあります。
箔を3cm角程度に切ったものを「大石」、1.5cm角程度のものを「小石」、3mm角程度のものを「山椒」、更に小さなものを「微塵」と呼ぶそうです。すべて竹刀で切って作るというのだから驚きです。

③野毛(のげ)

山本さん:今度は、私が野毛を作ってみますね。野毛は、細く針金のような感じで切っていきます。
ーーうわー!かなり細い!そして、切るのが早いですね!

ーー野毛はどんな時に使うんですか?
山本さん:野毛は、波や波しぶきの様子、それから、山のすそ野に広がる「靄(もや)」の表現、横にスーッと伸ばして「霞(かすみ)」のような表現など、奥行きを出させるといった多様な表現に使います。
切箔と野毛を使った襖のサンプル(襖の1/4サイズ)を見せていただきました。

山本さん:これは金の砂子を帯状に撒いておいて、切箔と野毛でリズミカルな流れを作っています。飽きの来ないシンプルな襖ですが、技術的には深い技法がいくつも使われている作品です。

④焼き銀
山本さん:こちら(写真下)は「焼き銀(やきぎん)」といって、銀を硫黄で焼いて黒くしたものです。

青柳さん:大涌谷に行くときにシルバーのアクセサリーをつけていくと真っ黒になるという原理と一緒です。銀が硫黄と反応して硫化すると、少し黒ずんだ銀色になりますよね。
山本さん:焼き銀は硫黄で変色していくんですが、最初は銀色があめ色になって、次に茶色、それから赤、紫、青、最終的には真っ黒にくすみます。その色の変化が面白くて美しいです。

ーーそれぞれが感じる金銀砂子の魅力を伺いたいのですが、いかがですか?
山本さん:やっぱり素材ですね。金とか銀とか、金属の持っている、絵の具とは違う表情だったり、表現だったり。撒いたらすごく華麗にもなるし、渋みも出ますし、絵の具とは違ったいろんな表情が生まれるので、そこがやっぱり面白いです。重ねて表現していく面白さもありますね。そこが他のものにはない良さかもしれないですね。
青柳さん:光が当たったときの美しさですね。春夏秋冬で太陽の高さが違ったり、時間帯が違ったりすれば、陽の光も違います。朝のちょっと青白い色から夕方の少し黄色がかった色まで。その光を反射する箔の見え方は全く異なるんです。和紙特有の光沢に箔が合わさった時の美しさは、やっぱり格別だなと思います。
金銀砂子との出会い

ーーそもそも、山本さんの金銀砂子との出会いは、どんなきっかけだったんですか?
山本さん:きっかけは、36年前なんですが、元々美術学校で日本画を描いていたんです。卒業後、そういう技術を生かせる職業はないかなと思っていた時に、たまたま美術学校時代の先輩が、川口にある金銀砂子細工の工房に務めていて、スタッフを募集していると聞いて、その工房で働くようになりました。その頃は、バブルの時期で、料亭やお寺さんからの注文が結構多くて、川口の工房では14年ほどお世話になりました。その後、経営が悪化して、工房をたたまなくちゃいけないという話になって、その工房の社長が、今の会社の社長と繋がりがあったので、誘っていただき、円満退社して、こちらでお世話になることになりました。
ーーこの道36年!まさにベテランの職人さんですね。

ーー青柳さんはどんなきっかけで入社されたんですか?
青柳さん:学生時代、日本画を勉強していたのですが、その頃に知り合ったアーティストが山本の友人でして、その方の紹介で、伝統工芸室が設立して少し経った頃に入社しました。
山本さん:ちょうどタイミングが良かったですよね。
青柳さん:はい。その頃に働いていた会社は契約社員で、ちょうど契約更新の時期でもあったので、とんとん拍子で話が決まりました。

ーー青柳さんは、それまで金銀砂子細工の経験はあったんですか?
青柳さん:ここに来て初めて触りました。日本画を描いていたので、画材として、箔や膠(にかわ・金銀砂子の接着材)に対する知識はありましたが、金銀砂子細工で必要な技術とはまた別物でした。ですので、砂子師として本格的な技術は、入社後に山本に教わりながら磨いてきました。やればやるほど難しく、奥深いからこそ面白いと思います。
「伝統工芸室」が誕生したきっかけ
ーー「伝統工芸室」を発足したきっかけを教えてください。
山本さん:私は最初、この会社でデザインの仕事をしていました。襖紙の原案を作ったり、パソコン上で、データの画像編集をしたりしていたんですけど、お寺からの注文で、「こういう感じで砂子を振ってくれないか?」というオーダーメイドの仕事が割と増えてきていたんです。デザインをやりながら、実際に砂子を撒く作業の両方をやるというのは結構しんどくて。金銀砂子を実際に加飾したり、柄を起こしたりするような部門として、しっかり機能していきたいと社長に進言しました。今の社長は3代目なんですが、「うちの会社は印刷もしっかりやりつつ、伝統工芸の仕事も確立して、後の世代にしっかり継承していくのも大事だよね。」って、ご理解いただきまして、10年前、2015年の5月に伝統工芸室という形で発足しました。

ーー山本さんからの提案がきっかけでスタートした部署だったんですね。10年間やってみていかがですか?
山本さん:そうですね。非常に大きい仕事や、海外のからの依頼があるなど、そういう良い時もありつつ、やはり、なかなか注文が来ないといった時もありました。注文がないときは、会社の別の仕事を手伝ったり、サンプルを作ったりして、次の注文に繋げていく。そういう流れが出来てきたと感じています。印刷がメインの会社だからこそできることだと思います。
青柳さん:最初の頃はひたすら楽しいだけだったのですけど、やればやるほど難しさが出てきました。自分の未熟さがどんどん分かってくるような感じです。自分の追いつきたい所にはどうしたら行けるだろうと試行錯誤しているうちに、あっという間に10年が経ったという感じですね。
目指すは認知度UP!

ーー伝統的な技法を現代に活かしていくという点で、何か工夫していらっしゃることはありますか?
山本さん:最近は、金銀砂子細工を駆使して作ったアートパネル(写真上・下)をネットで販売しています。和のテイストを取り入れたいとか、リビングに飾りたいといった需要はありますね。お蕎麦屋さんなど、お店に買っていただいたこともあります。

山本さん:アートパネルを楽天で販売するようになってから、アートパネルを購入する方が増えてきました。いわゆる襖とは違った形だけど、金銀砂子を身近に触れる機会を増やすという意味では、アートパネルを作ったことは正解だったと思っています。

ーー他には何かありますか?
山本さん:そうですね。漫画やアニメとのコラボで、アニメキャラクターの印刷物に金銀砂子細工を施したこともあるんです。アニメキャラクターの背景画に砂子を撒くような感じで、アニメのイベントに展示されました。金箔や銀箔のきらめきはインクジェットでは再現できないので、印刷物の表情が豊かになり、オリジナリティが生まれます。
ーー今後の課題だと思っていることは何かありますか?
山本さん:伝統工芸室を設立した当時は、取引先にも我々の仕事を理解している営業の方がいらっしゃったので、我々が営業しなくても問屋さんの営業の方が仕事を紹介してくれる状況だったんです。でも、ここ4、5年で、その方たちが定年退職を迎えたので、今後は自社で積極的にアナウンスをして、売り込みをかけていかなきゃいけないという危機感が出てきまして、去年から今年にかけて動き始めたところです。
ーー具体的にどんなことを始めたんですか?
山本さん:設計事務所や建築士に向けて素材を提案したり、SNSやワークショップを通じて金銀砂子の技法を紹介したりしています。金銀砂子細工は、長い歴史の中で職人が培ってきた技法なので、実際に見てもらったら良さが伝わると思うんですよ。料亭とか、ホテルの寝室に飾ってもらうなどして、皆さんが目にする機会を増やしていきたいと思っています。
ーー青柳さんは、今後挑戦してみたいことはありますか?
青柳さん:そうですね。以前、海外の方向けに金銀砂子のワークショップを行ったことがあるのですが、これまで日本人向けに提案していたものとは全く異なるものが好評だったことがありました。ライフスタイルが違えば好みも変わります。相手に寄り添い、様々な要望に応えることが出来るよう、自分の引き出しをもっと増やしたいです。また、先ほど山本がお話した通り、周りの環境が少し変わってきて、自分たちで仕事を取りにいかなければならない事も増えてきたので、基本的に技術の向上はもちろんなのですけど、営業面も含めて力を入れていきたいです。
■株式会社菊池襖紙工場 公式サイト
■アートパネルの購入先
https://item.rakuten.co.jp/kikuchi-fusuma/c/0000000224/
■金銀砂子の体験教室のご案内
下記の体験教室が予定されています。
2025年6月27日(金)13時半~16時 金銀箔特別講習「焼き銀」
2025年7月25日(金)13時半~15時半 金銀箔体験教室・うちわに施す
詳細については、会場となるマスミ東京のHPにUPされる予定です。

【編集後記】
取材の中で、箔を切る体験をさせていただいたのですが、これがなかなか難しく…。もっとじっくり挑戦してみたいと思い、後日、金銀砂子を屏風に施すワークショップに参加しました。金箔は鼻息で飛んでしまうほど軽かったので、笑わないように気を付けました(笑)。また、1枚の箔を縦4、横4の16等分するのは何とかなったのですが、縦10、横10の100等分はぐしゃぐしゃに…。竹刀(ちくとう)を軽く当てて上下に動かすだけで切れるはずなのに、なんて繊細で難しいのだろうと思いました。切箔を筆で紙の上に置くのでさえ、思った場所に置くことが出来ず、苦戦しました。

でも、適当に置いても絵になるところが良いところ!絵を描くのが苦手な私でも自分の感性で作品を作ることが出来て、とても楽しかったです。

作ったミニ屏風は、きょうも我が家のリビングで自然光を受けながら光輝いています。
ものづくり新聞 小柴寿美子
