ヒトを訪ねて

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2026.08

畳むはずだった仕事を継ぐ。異業種から来た二人の覚悟/さわたく工房・お布団本舗-日本製の覚悟店③

2026年8月28日公開

2026年7月3日(金)から4日(土)の2日間、東京・有楽町にある東京交通会館で開催された「日本製の覚悟店」。日本製のものづくりにこだわる16社が全国から集まり、約3,000人もの来場者が訪れ、賑わいました。ものづくり新聞では、16社の中から特に印象に残った企業をピックアップ!4回にわたり、取材を通して感じたそれぞれの「覚悟」をご紹介しています。

今回ご紹介するのは、岐阜県高山市で木工製品を製造する「さわたく工房」(有限会社大沢建築)と、香川県観音寺市で寝具の製造・販売を行う「お布団本舗」(岡崎正義商店)です。どちらも全く違う職種で働いていた経験を持ちつつ、親の事業を受け継ぐため、アトツギとして家業へと転身。そこには「なくしたくない」という共通の思いがありました。この2社が、次の世代へつなぎたいバトンとは?

さわたく工房/有限会社大沢建築(岐阜県高山市)

お会計に長蛇の列ができていたのは「さわたく工房」のブース。岐阜県高山市にある有限会社大沢建築が運営しています。

東京に出店するのは初めてという、さわたく工房の吉澤明希恵(よしざわ あきえ)さんにお話を伺いました。さわたく工房は、宮大工だったお父様が2005年に立ち上げた工房で、飛騨産の木材を丸ごと仕入れ、飛騨高山の思い出になるような木工製品を作り続けてきました。従業員7人のうち、吉澤さんご夫妻とご両親の4人が家族なのだそうです。

さわたく工房の販売責任者、吉澤明希恵さん、32歳(取材時:2026年7月)。SNS広報や事務、製造も担当しています。飛騨の民謡に合わせて踊ることが好きで、民謡保存会や伝承会で踊りを披露しているそうです。2人の息子さんの母でもあります。

昨年工房を継いだばかり!元保育士と元溶接工のご夫妻

ーー日本製の覚悟店に参加しようと思ったきっかけはなんだったんですか?

吉澤さん:「日本製の覚悟店を立ち上げた笏本さんの『出る杭が立ち上がる時だ』というポストをたまたま見たのがきっかけです。その時はタイトルも仮で、やるかどうかもわからない状況でしたけれど、『もしやるんだったら、場所は日本全国どこでもいい。出店料もいくらでも構わない。一緒にやりたいです!』って言いました。」

ーーどうしてそこまで強く参加したいと思ったんですか?

吉澤さん:「去年の8月(取材時:2026年7月)に2代目として事業承継したばかりなので、私たちの代になってから、まだ1年経っていないんです。もともとは宮大工の父が始めた工房です。地元では父とのつながりがあるけれど、私たちとのつながりはない。そんな中、どうやって事業を続けていくか悩んでいたんです。だから、日本製の覚悟店に賛同する方たちとつながりたいという気持ちがすごくありました。」

ーー吉澤さんは、もともと木材のお仕事をしていたんですか?

吉澤さん:「いいえ、私は元保育士で、主人はもともとは鉄の溶接工をしていました。父は私の母の再婚相手なので、義理の父になるんです。その父から、4、5年前、『跡継ぎもいないし、工房をたたむかもしれない。やりたいことはあるけど、人手もないし』と聞いていました。『こんなにいいものを作るのにもったいない』と思っていたんです。ちょうど、『父が本当に工房を続けるのかどうか。私自身もこのまま保育士の仕事を続けるのか。子どもも大きくなってきた。』という、いろいろなタイミングが重なったことと、一番は『箱入り娘』というパズルゲームがなくなるのが嫌だったんです。他社に委託するかもしれないという話まで出ていたので、それは嫌だなと。

さわたく工房の2代目、取締役の吉澤征大(よしざわ せいだい)さん、33歳(取材時:2026年7月)。明希恵さんのご主人です。もともとは溶接工として企業向けの製品を製造していましたが、「お客様の顔が見えるものづくりがしたい」と、さわたく工房の事業承継を決意。木工を一から学び、2025年に事業を引き継ぎました。趣味はテニスとダーツ。

パズルゲーム「箱入り娘」を失いたくなかった

ーーその「箱入り娘」というパズルゲームについて教えてください。

吉澤さん:「『箱入り娘』って書いてあるコマを抜いてもらって、できたスペースの中でコマを動かしながら、娘を玄関に出す。つまり『嫁に出す』というゲームです。古くからあるパズルゲームを、20年前ぐらいに父が木工製品として作り始めたもので、地元に少し卸すくらいでしたが、去年の6月(取材時:2026年7月)にXですごくバズったんです。その後、新聞やテレビに出させていただいたこともあって、知ってくださっている方がすごく増えました。さわたく工房一押しの商品です。」

難易度の高さが話題となり、Xでバズるきっかけになったというパズルゲーム「箱入り娘の大家族」。宮大工をしていたお父さんが、新たな収入源を得るために作り始めたのがきっかけだそうです。お値段は3,100円(税込)です。(価格はすべて取材時2026年7月のもの)

ーー今回出店するために、どんな準備をしていらっしゃったんですか?

吉澤さん:「まずは、パズルゲームをたくさん作ろうと思って用意しました。それから、こんなにたくさんお客様が来る想定ではなかったので、何か楽しんでもらえるものや、さわたく工房の SNSとつながってもらえたらいいなと思って、『大娘(おおむすめ)』というすごく大きなパズルゲームを作ってきました。」

吉澤さん:「リレー方式で1人15秒、2日間の間にこの大きい娘を嫁に出すことに成功したら、うちの商品を後日プレゼントするという企画を用意したんです。でも、想像以上にお客様が多くて、チャレンジしていただく余裕すらない状況に驚きました。」

この日のために作った「大娘」というパズルゲーム。お客様の手と比較していただくと、どれだけ大きいかがわかると思います。

写真上・左の「故郷のお手次寺」は、箱入り娘シリーズよりも、さらに難易度が高め!お地蔵様のイラストが描かれた駒を極楽浄土へ導くゲームだそうです。

意外に売れたヒノキのまな板

ーーみなさん、まな板も熱心にご覧になっていますよね。

吉澤さん:「はい、四角い板に穴を開けたまな板を作って、出していたんですけど、あっという間になくなっちゃいました。『展示の分もいいですか?』と言われたので、それも売ってしまって(笑)。これまでハンドメイド系のイベントには出たことがあったんですけど、パズルゲームしか売れなくて、まな板は全然売れなかったんです。だから今回も『まな板を持っていっても、どうせ売れないだろう』と思って、少ししか持ってこなかったんですよ。ところが、今回は一瞬で完売。『もっと作ってくればよかった』と思いました。『 こっちだったか!』って(笑)。」

ヒノキのまな板です。サイズ違いで3種類用意したそうですが、初日の分として用意した15個はあっという間に売り切れ、持ち手が丸いカッティングボードも早々に完売でした。

日本製の覚悟店のロゴを入れたマグネット(写真)やコースターも、この場でしか売れないからと、少ししか作って持ってこなかったそうですが、 実はかなり売れたそうです。(提供写真:有限会社大沢建築)

飛騨の木を守り、家族の記憶を未来へつなぐ

ーー今回は、日本製の覚悟店というイベントですが、どんな覚悟で参加されましたか?

吉澤さん:「私たちは『つなげる』という覚悟です。うちは、飛騨産の木材を使っています。丸太1本仕入れてきて、製材から仕上げまで全部自分たちでやっています。地元にある小さい工房は、どんどん畳んでいってしまうし、製材屋さんも減っている状況なので、製材する技術がなくなってきているのをすごく実感しています。細々とでもいいから、その技術をつないで守っていきたいと思っています。」

もともとは木造の小学校だった建物を移築する形で50年前に建てたという「さわたく工房」。ここで、丸太1本からさまざまな木工製品が生み出されています。(提供写真:有限会社大沢建築)

さわたく工房を立ち上げた大澤 進(おおさわ すすむ)さん、68歳(取材時:2026年7月)。大澤さんは、元宮大工で、技能競技大会では日本一に輝いたこともある腕前です。(提供写真:有限会社大沢建築)

ーーどんな木材を使っているんですか?

吉澤さん:「例えばヒノキです。飛騨はすごく寒い地域なので、冬の間、木の成長が緩やかになるんです。だから身がギュッと締まって、香りが強く出るんです。それが、飛騨産のヒノキはすごく香りがいいと言われている理由です。私たちはそのヒノキをはじめ、飛騨産の木材を買うことで林業の人たちにも貢献したいという思いもあります。」

飛騨産のヒノキ。さわたく工房では丸太1本から木工製品を作っています。(提供写真:有限会社大沢建築)

ーー次のステップとして何か考えていることはありますか?

吉澤さん:「次のステップは、日本の旅館やホテル、飲食店などに、箱入り娘が置かれるのが目標です。箱入り娘は遊べるものなので、これからも泊まりに行った先で遊んだ、家族で遊んだという記憶を持った子どもたちが大きくなっていく……。そういうのが夢ですね。 箱入り娘は、家族や大切な人との時間に話題の種をまけるような商品です。『20年前、子どもが小さい時に遊んだ』っていう方や、『これ、家にあった!』という方もいるので、これからもたくさんの方の記憶に残るように頑張っていきたいと思います。」

「箱入り娘」は、「番頭さんが邪魔をして娘が嫁にいけない」など、ストーリー性を持たせて遊ぶこともできる面白さも魅力とのこと。2026年8月から岐阜県高山市のふるさと納税の返礼品にも加わったそうです。

さわたく工房

https://sitontk.stores.jp/

お布団本舗/岡崎正義商店(香川県観音寺市)

綿布団の寝心地を体験できるブースもありました。四国、香川県からの出店です!

創業から100年以上、従業員の平均年齢は70歳という岡崎正義商店の岡崎 翼(おかざき つばさ)さんにお話を伺いました。

岡崎さんは、岡崎正義商店の4代目。布団の仕立てからECショップの運営、新商品開発、広報など幅広く担う35歳(取材時:2026年7月)。平日は香川県で家業に携わり、土日は妻子が暮らす愛媛県今治市へ戻る生活を送っています。

寝てみてわかった綿布団の心地よさ

ーー綿のお布団って、どんな感じですか?

岡崎さん:「それは自分で体験しないと!ぜひ、寝てみてください!これは、綿にポリエステル30%が入った綿混の布団です。綿の寝具は気持ちいいですよ~。うちは枕も綿100%です。」

撮影を快諾してくださったお客様にカメラを託し、実際に綿布団に寝てみると……。

ーーえー!何ですか、このふわふわ!幸せですね~!

岡崎さん:「幸せでしょう!僕らは実際に作って、自分たちでも寝ています。ただ、これは作りたてなので、今はふわふわですが、綿の布団は、使っているうちに寝ている人の体重がかかるので、腰や肩、頭の部分は固くなって、その人に合ったお布団になっていくんです。綿がへたるんじゃなくて、少しずつ締まっていく感じです。敷布団なら、1ヶ月ぐらい使うと、最初のふわふわ感が落ち着いてきて、ちょうどいい状態になります。掛け布団の方は、このふわふわ感がそのまま続きますよ。これで18,900円(税込)です。(価格は取材時2026年7月のもの)」

ーーえ?安い!3万円ぐらいするのかと思いました。

岡崎さん:「僕も3万円ぐらいで売りたいですよ(笑)。でも、綿布団は『昔からあるもの=安い』というイメージがあって、困ったことに量販店の布団と比較されることが多いんです。そもそも『ものが違う』ということを知って欲しいですね。こちらは綿100%の掛け布団と敷布団です。こっちも寝てみませんか?全然違いますよ。」

ーーわ!思っていたより軽いですね!

岡崎さん:「全然重くないでしょ。体全体で受けるので、実際に寝てみると重さは感じにくいんですよ。むしろ、程よい重さがあることで寝返りをしても布団がずれにくい。この掛け布団は3キロなので軽いほうですが、シングルなら4キロくらいがちょうどいいと思います。

ーー羽毛布団と綿の掛け布団では、何が違いますか?やはり重さでしょうか?

岡崎さん:「羽毛布団は、中に入っている羽毛が1.5キロほどなので、とても軽いのに暖かい。一方、綿の掛け布団は少し重いですが、厚みがある分、寝返りをしてもずれにくいという良さがあります。最近は「加重ブランケット」といって、適度な重さによる安心感をうたった商品もあります。7kg~10kgといった重い掛け布団をかけて、その重さで神経を刺激することで、安心感が生まれてよく眠れるというものです。不眠に悩む方も多いようですが、『ぐっすり眠れるから綿の布団に寝てみて』と言いたいですね。

綿布団を使う時に注意して欲しいのは、フローリングには直接敷かないこと。寝汗により湿気がこもり、特に冬場は結露でカビの原因になるそうです。フローリングの場合は、畳マットなどを敷いて、その上に綿布団を敷くのがおすすめだそうです。

ーー綿100%の良さは何ですか?

岡崎さん:「やっぱり吸湿性ですね。ポリエステルは汗を吸わないので、湿気が残ってしまいます。その点、綿は汗をよく吸い取ってくれるので、蒸れを抑え、快適な睡眠をサポートしてくれるのではないでしょうか。いま、この布団(写真上)も湿気を吸っちゃって、普段よりぺちゃっとしていますけど、実際にはこの1.5倍ぐらいの厚みがあります。」

ーー夏におすすめの寝具は、どんなものがありますか?

岡崎さん:「おすすめは、夏用の肌掛け布団ですね。こちらは(写真下・中央)、外側にダブルガーゼの『和ざらし』という生地を使っています。一般的なガーゼは、表面がケバケバしていて少しガサガサしたものも多いんですが、これはさらし工場が100時間ほどかけてじっくり水洗いしているので、とてもしっとりしていて柔らかいんです。ガーゼ自体、空気を含みやすく保温性もあるので、暖かく、気持ちよく眠れるのが特徴です。

岡崎さん:「こちらは(写真上・手前)、外側の生地がブロードです。ブロードは、布団カバーなどにも使われる、しっかりとした生地です。例えば、犬や猫を飼っているご家庭ですと、爪が引っかかって生地が破れてしまう心配もあると思いますが、これなら比較的安心して使っていただけると思います。柄や色も4色展開しているので、好みに合わせて選んでいただけます。」

写真上の雲柄は、綿100%の子ども用の敷布団。敷布団単体のお値段は7,800円(税込)で、雲柄のカバーは4,400円(税込)。柄は4種類あり、保育園のお昼寝用に購入する方が多いそうです。綿布団の柔らかさを維持するためには天日干しがおすすめだそうです。(価格はすべて、取材時2026年7月のものです)

なぜ、綿布団はその良さを知られなくなったのか

ーー綿はどこで作られたものですか?

岡崎さん:「綿は国内ではほとんど作られていないので、基本的に外国産です。ただ、綿は育つ地域によって繊維の特徴が変わります。例えば、インドの綿は繊維が太くコシがあるので敷布団向き。メキシコの綿は繊維が長くやわらかいので、掛け布団に向いています。実際に、うちでは、敷布団にはインドの綿、掛け布団にはメキシコの綿を使っています。敷布団は体重を支える強さが必要ですし、掛け布団は体にふわっとフィットする柔らかさが必要。だから、綿なら何でもいいというわけではなく、布団の用途に合わせて綿を選ぶことが大切なんです。

ーー国ごとに綿の特徴があるんですね!

岡崎さん:「『外国産』と聞いただけで、『良くないんじゃない?』と誤解する方もいると思うんです。でも、産地によって良し悪しがあるわけではなく、それぞれに適した用途がある。だから、あえて産地を前面に出さず、『綿100%』としています。どこの国の綿かよりも、布団屋である僕たちが、その布団に合った綿を責任を持って選んでいることが大切だと思っています。

岡崎正義商店で扱う綿は、インドやメキシコの他、アメリカやパキスタン、中国の綿もあるそうです。綿の特徴を生かし、どんな布団に仕立てるか。100年以上受け継がれてきた技術があってこその、腕の見せ所ですね!(提供写真:岡崎正義商店)

ーー綿布団の需要が減った原因は何だと思いますか?

岡崎さん:「いろいろあると思いますが、一番大きいのは羽毛布団の登場だと思います。綿布団は昔から使われてきましたが、1970年代頃に羽毛布団が登場すると、『軽くて暖かい羽毛布団のほうがいい』という風潮が広まりました。特に東京のような流行に敏感な地域では、綿布団は『重くて時代遅れ』というイメージになり、需要が減っていったんだと思います。

岡崎さん:「羽毛布団が一般家庭に普及したのは、50~60年前くらいなんです。綿布団のほうがずっと長い歴史があるんですよ。四国には、地域の布団屋さんでちゃんとした綿布団を作ってもらう、という昔からの文化が、今でも残っているんです。

ーー四国に布団文化が残ったのは何か理由があるのでしょうか?

岡崎さん:「四国の綿布団屋は、割と家族経営が多いので、大きな利益が出なくても続けられたんだと思います。ただ、綿布団は量産が難しいので、都会では価格や生産量で、量販品には太刀打ちできません。綿布団は『汗をかいても蒸れにくい』『適度な重さで安心して眠れる』と、今になって良さが見直されていますが、見直されるのが遅くて、全国的に布団屋がどんどん減ってしまったのだと思います。

ーー考えてみれば、私も子どもの頃は綿布団に寝ていました。

岡崎さん:「そうでしょう~。子どもの頃に使っていた経験があって『実家に帰ると綿布団があります』という方は多いです。だから、実際に見てもらうと『あ、これこれ!』と、良さを思い出してくださるんです。うちに買いに来てくださる方は、やっぱり40代以降の方が多いです。特に50~70代の方は、『綿布団がいい』という感覚があって、羽毛布団の良さを理解しながらも、綿布団の良さも分かっている方が多いです。でも、若い世代は、生まれたときからベッドやマットレスで育っているので、そもそも綿布団を知らない人も多い。だからこそ、これからは、そうした若い世代に綿布団をどう知ってもらい、魅力を伝えていくかを考えているところです。

元造船設計エンジニアが斜陽産業の家業を継いだ理由

ーー岡崎さんは、どうして家業を継ごうと思ったんですか?

岡崎さん:「僕は2年前まで造船会社で設計エンジニアをしていて、大型船やコンテナ船の設計をしていました。数年にわたり、かなり大規模の自動車運搬船の設計プロジェクトの部門リーダーを務めていたんです。やり切ったという達成感から、会社を辞めて新しいことを始めようと思っていたとき、実家から『家業の布団屋を手伝ってくれ』と言われて、軽い気持ちで手伝い始めました。でも、経営状況を知れば知るほど、『まずい、まずい、まずい。俺が立て直すしかない』と思うようになったんです。」

岡崎さんは、大学で航空宇宙工学を専攻。流体力学や機械工学について学び、卒業後は造船会社に就職。大型船や船舶の設計に携わり、研究開発では年間500万円のコスト削減を実現。社内で最優秀賞を受賞した経験もあるのだとか。

ーー「俺が立て直すしかない!」と思うほど、強い気持ちに駆られたのはどうしてですか?

岡崎さん:「僕がやらなかったら、多分、この事業はなくなっていたと思います。田舎には家族経営の布団屋が多いんです。事業承継の準備や、コスト・利益の管理、マーケティングまで手が回っていない。そもそも『経営』になっていないところも少なくないんです。『5年後、10年後にこの業界をどうしていくのか』『どんな商品を開発していくのか』といった将来のビジョンがないまま、頑張って仕事を続けてる。でも、それだけでは、気づいたときに、その事業そのものが続けられなくなってしまう。順風満帆だった造船業界から、給与水準も労働環境も厳しい斜陽産業への転職ですけど、それでも、なくすわけにはいかない。今は汗だくでホコリにまみれながら、家業の立て直しに挑んでいます(笑)。

ーー家業とはいえ、随分と思い切りましたね!

岡崎さん:「デスクワークから肉体労働に変わって、マーケティング、営業、EC運営、コスト管理、税務まで、今は何でもやっています。分からないことはYouTubeで勉強しながら乗り越えていますよ(笑)。でも、造船会社での12年間の経験が、今の仕事にすごく生きているんです。設計だけでなく、人材教育や技術マニュアルの作成、新卒採用、会社のブランディング、M&Aの技術折衝など、幅広い仕事を経験させてもらいました。特に大きかったのが、毎月1件、必ず業務改善を行う『改善提案』の制度です。小さなムダを見つけて改善する習慣が身についたことで、今も家業の中にある課題を見つけては改善し、新しい事業を立ち上げることにつながっています。

ーーそもそも、今回、日本製の覚悟店には、どんなきっかけで参加されたんですか?

岡崎さん:「日本製の覚悟店は、株式会社出口化成の出口社長が綿の布団に興味を持ってくださって、面識がない中、『一緒に出ようよ』って誘ってくださり、今に至ります。 本当に俺の人生ハードモードだなと思いながら生きています。端から見ると大変そうでしょう?でも、楽しいですよ。『自分でも結構ムチャしているよな』なんて思いながら(笑)。」

88歳の職人、安藤さん。約60年にわたり、布団作り一筋。工業用ミシンはパワーがあり、縫うスピードが速いそうですが、今でも感覚で使いこなすそうです。熟練の技が、一枚一枚の綿布団を支えています。(提供写真:岡崎正義商店)

綿布団を選択肢に入れてほしい!絶滅危惧種からの再挑戦

ーー先ほど、綿布団の寝心地の良さについて伺いましたが、他には何か利点はありますか?

岡崎さん:「綿だと『打ち直し』ができるので、3~5年使ったら、外側の生地を全部切って、中をばらして中綿を取り出して、もう一回この布団に戻せます。布団の打ち直しといって、例えばこの綿の敷布団を10年、20年使って、もう無理だなって思ったら、座布団にすればいいわけです。中の綿は形を変えれば全然使えます。ベビー布団や子どもの敷布団にしたっていいんです。そんな風に自由に形を変えられるのは、綿布団の良いところです。

ーーでも、打ち直しをしてくれる布団屋さん自体がもうあまりないですよね?

岡崎さん:「うちは絶滅危惧種ですからね(笑)。それでも、四国の田舎には、うちみたいな布団を作れる工場がまだありますよ。」

布団工場の製綿機(せいめんき)の様子。製綿機とは、綿の繊維をほぐし、布団や衣類に使える綿のシートや束を作る機械のこと。右側の機械で綿の繊維を均一に整え、左奥にある茶色い機械でシート状の綿を布団の中に入れやすいよう、ある程度の大きさに成型するそうです。(提供写真:岡崎正義商店)

ーー四国には、布団屋さんはどのくらい残っていますか?

岡崎さん:「僕たちがいるのは、香川県の観音寺市という人口5万人ぐらいの小さい市です。 そこだったら、うちと同規模の会社がまだ3軒。高松市には1軒あります。 全国的に見たら減っていますよね。茨城や愛知にはありますが、九州はほぼないと思います。九州はそもそも暑いので、綿の布団は必要ないかもしれませんが、東京は九州に比べると寒いじゃないですか。 だからこういうしっかりとした布団が欲しいっていう人が多いと思います。昨日、山手線沿線の町をぐるぐる歩いてみたんですけど、布団屋さんがないので、『みんなどこで布団を買っているの?』って思いました。」

ーー私はネットで買いました。布団をしまう押し入れもないから、普段はマットレスです。

岡崎さん:「マットレスもいいですよね。 『マットレスの上にこういう敷布団を敷いたらどうなの? 』っていうお客様もいるんですけど、マットレス自体が柔らかかったりすると、そこに綿布団をそのまま敷いたら柔らかすぎると思います。もしかしたら腰を痛める原因になってしまうかもしれません。ただ、以前から『綿100%のベッドパッドを作ってほしい』という声は多くありました。今回も直接お客様の声を聞くことで、そういうニーズがあることがわかったので、今後、重さ2~3キロぐらいの薄いベッドパッドを商品化したいと思っています。

西陣織の生地で作った小さな座布団。昔、婚礼布団に使われていた生地の有効活用を模索する中、「小物を置いたり、ベッドの足敷きにしたらどうかな?」と試しに作ってみたところ、「売ってほしい」というお客様が続出!急遽、1個2,000円で販売したそうです。

布団の仕上がりに一番重要な工程「綿入れ」の様子(写真上)。木綿は1つ1つ微妙に違うそうで、その違いを調整し、綺麗な布団の形になるように綿を重ねる事が重要なのだそうです。(提供写真:岡崎正義商店)

ーー今後、布団屋を継続していくためには、どんなことが必要だと思いますか?

岡崎さん:「これから一番にやっていかなければいけないのは『伝える努力』だと思っています。これまで、僕たち作り手は、綿布団の良さを伝えてこなかったんだと思うんです。『綿布団はいいぞ』と言うだけでなく、SNSなどを使って、その魅力をもっと発信していくべきだったんです。商品が良いだけでは、選んでもらえない。だからこそ、これからは僕自身が伝えていきたいと思っています。綿布団をもう一度、選択肢に入れてほしいんです。僕は、もう負けたくない。『和布団なら岡崎正義商店』と言ってもらえるところまで持っていきたい。父が守ってきたもの、そして職人さんたちが頑張って積み重ねてきた仕事を、僕がちゃんと次の時代につないでいきたいと思っています。

来年には岡崎正義商店を法人化し、自らが代表取締役になる予定だそうです。岡崎さんの挑戦が、綿布団の魅力を未来へつないでいくことに期待したいですね。

お布団本舗(楽天)

https://www.rakuten.co.jp/ofuton-honpo/

編集後記

さわたく工房(有限会社大沢建築)とお布団本舗(岡崎正義商店)の取材を通して思ったことは、「なくしたくない」という強い思いこそが、ものづくりを未来へつないでいくということでした。木工製品のパズルゲーム「箱入り娘」も綿布団も、長い時間をかけて培われた技術や、職人さんたちが守ってきた手仕事がありました。今の時代、ただ良いものを作り続けるだけでは未来には残りません。吉澤さんも岡崎さんも、ものづくりの技術や紡いできた物語を、一般の消費者である私たちに「伝える」努力をしていこうと奮闘し始めています。「なくしたくないから、つくり続ける。なくしたくないから、伝え続ける。」その覚悟が、次の世代へ渡すバトンになっていくのだと思いました。

ものづくり新聞 記者 小柴寿美子

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