ヒトを訪ねて

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2026.08

行ってきました!話題の「日本製の覚悟店」その舞台裏

2026年8月3日公開

わずか3ヶ月の準備期間。集客はSNSだけ。それでも2日間で約3,000人が来場し、X(旧Twitter)には関連投稿が20,000件を突破。

2026年7月3日(金)から4日(土)の2日間、東京・有楽町にある東京交通会館で開催された「日本製の覚悟店」は、日本のものづくりの魅力を発信する一大ムーブメントを巻き起こしました。さらに、それを引用した国産つまようじメーカーの「バズらんかな」という投稿をきっかけに、全国の国産メーカーによる発信の輪が広がり、「国産製品」が再びトレンド入りするほど話題になりました。

ものづくり新聞では、イベント当日の取材に加え、開催前後の主催者インタビューも実施。その舞台裏と熱狂を詳しくご紹介します。

集まったのは、業種も規模も異なる16社

「守られる日本製」ではなく「選ばれにいく日本製」をテーマに、地方で踏ん張る町工場や職人、家業を継いだアトツギなど、ものづくりに覚悟を持つ16社が、お客様に直接思いを届ける「日本製の覚悟店」。ネクタイやTシャツなどのアパレル製品、時計や革製品などの高級品、木工品や陶磁器、絆創膏などの日用品まで、業種も規模も異なる企業が全国各地から集結しました。

滋賀県の縫製工場・ヌノニシタイ株式会社と、着物服ブランド「keniamarilia(ケニアマリリア)」を展開するAjuda(アジューダ)株式会社が共同開発したバッグ。三つ編みの持ち手が特徴で、この日のために制作された逸品です。

デザイン性の高い色鮮やかなアートな靴下は、長野の靴下メーカー、株式会社TOSCOM(トスコム)が製造したもの。実は、国内に2台しかないという機械を使ってプリントされた靴下です。

ラズホールディングス株式会社が運営するレザーブランド「HushTug(ハッシュタグ)」。日本らしいものを革製品で提案しようと、牛革を使った扇子を考案。裏側(写真下の扇部分)には、黒く染めたシルク生地を張って仕上げています。

初日30分後の会場の様子。オープン前、入り口には約150人の長蛇の列ができ、オープン後は店舗ごとに会計待ちの列でごった返していました。そんな熱気あふれる会場でしたが、品物を手にしたお客様からは笑顔が溢れ、全体的に和やかな雰囲気が印象的でした。

東京・銀座の中央通りに店を構えながらも、売り上げの半分は海外のお客様。「日本人に日本製を届けたい」という思いで参加した鞄・皮革製品のお店、銀座タニザワ。

株式会社銀座タニザワ5代目、代表取締役社長の谷澤良郎(たにざわ よしろう)さんは、本イベントの発起人である笏本さんのお店で仕立てたスーツとネクタイを着用して接客していました。

企業参加が多い中、個人のがま口クリエイターの姿もありました。昼夜逆転生活を送りながら、大好きな久留米絣の生地を使い、この日のために約200点のがま口を一人で制作。普段のイベントに持ち込む2倍の数を用意したそうです。

職人を育てたいと参加したのは、株式会社ピーチブルームが運営するオーダーメイドの「ピーチブルーム帽子店」。東京・世田谷にアトリエを構え、昨年からオンラインスクールを開講し、帽子職人の育成にも励んでいます。

初日で商品がなくなり、奥様が新幹線で追加の商品を運んできたという岐阜県土岐市美濃焼の陶磁器店「暮らしのうつわやさん」。

有限会社カネ忠 代表取締役の須藤真一郎(すどう しんいちろう)さん。数ある商品の中から、今回はシンプルに1つだけを持ってきたそうです。これぞ「覚悟」の表れ!

木の温もりを大事にしたパズル『箱入り娘』を次世代に伝えたい!そんな思いで昨年、家業を継いだ元溶接工と元保育士のご夫妻。

有限会社大沢建築「さわたく工房」の取締役、吉澤征大(よしざわ せいだい)さんと、販売責任者で妻の明希恵(あきえ)さん。お父さんが考案した「箱入り娘」だからこそ、残したかったそうです。

祖父母の代から三世代にわたって時計を愛用してきたご家族が来場し、就職が決まったお孫さんへの新たな一本を選ぶ姿に、自然と笑顔がこぼれていました。

「銀座村松時計店」を運営する株式会社エムアイシーの社長、村松敬三(むらまつ けいぞう)さん、84歳(取材時:2026年7月)と、本部長の藤井陽子(ふじい ようこ)さん。

16社に共通しているのは「日本でものづくりを行っている」ということだけ。詳しくは後日公開する特集記事でご紹介します!

発起人は笏本縫製の若き経営者

イベント開催のきっかけは、2026年3月。岡山県でネクタイやハンカチなどを製造・販売している会社の社長、笏本達宏(しゃくもと たつひろ)さんによるXへの投稿でした。

笏本さんは、株式会社笏本縫製の代表取締役、39歳(取材時:2026年7月)。日本製の覚悟店では、「言い出しっぺ」&「キャプテン」のような立ち位置。「知って欲しい」という一心で、11年ほど前から一日も休まずSNSの投稿をし続けています。

ーー日本製の覚悟店がスタートしたのは、笏本さんのSNS投稿がきっかけだったと伺っていますが、改めて経緯を教えてください。

笏本さん:「弊社の商品はネット販売もしていますが、『本物を見て買いたい』『触れてから選びたい』というお客様のお声も多かったんです。東京の一等地でイベントを開くとしたら、1社ではなかなか難しい。集客も大変ですし、場所代も高いですし、労力もお金もすごくかかります。『開催できたとしても、結果につながらないんじゃないか』と、僕自身が不安だったんです。でも、『みんなで力を合わせれば実現できるのではないか』と思ったのがきっかけです。」

ーーどうやって16社が集まったんですか?

笏本さん:「『東京でやってみたい。でも一歩踏み出せない。そんな人いますか?』 ってXで問いかけたら、『います!ここにいます!』ってドーっと返事が来て。『じゃあ実際に企画したらやりますか?』 って聞いたら、『やります!』ってまたドーっと返事が来て。あまりに反響が大きかったので、半日で募集を締め切りました。最初に賛同してくださった28社それぞれとオンラインで面談を行い、最終的に16社に決まりました。この16社は、全く迷うことなく手を挙げてくださった方たちなんです。」

実際のX投稿。「本物を見て買いたい」「触れてから選びたい」という声を受け、「直接触れて、話して、選んでもらえる場所」を目指して始まった「日本製の覚悟店」。

「商売をする覚悟」と「日本からものづくりが失われる危機感」

ーー日本製の覚悟店の「覚悟」にはどんな思いが込められていますか?

笏本さん:「『日本製の覚悟店』という名前は、練りに練って考えたものではありません。日々日本製にこだわり、ずっと覚悟を持ってものづくりに向き合って来た人たちが集まるイベントだから、『覚悟』という言葉は自然と浮かびました。当初は『展示会』の『展』を使う予定でした。でも、見ていただき、知っていただくだけではなく、ちゃんとここで商売をする。やっただけで満足ではなく、ちゃんとビジネスにつなげて結果を求めたいという思いから、『展』ではなく『店』の文字にしました。『商売としてものづくりを続ける覚悟』も、この名前には込められています。

出る杭は…のポストをした翌日(2026年3月4日)、笏本さんは、思いの丈を書いたこのX記事を投稿しました。この時点で、タイトルはほぼ決まっていたんですね。

笏本さんのお母さんが社長だった17年前(取材時:2026年7月)、「倒産していたほうが楽だった」と振り返るほど、会社の経営は厳しい状態だったそうです。それでも22歳で家業を継ぐ覚悟を決めた笏本さん。当時は美容師の仕事をしていたそうですが、「会社を存続させたい」という一心で、家業に入り、いばらの道を歩み始めました。下請けが中心だった時代から、国内の縫製工場が次々と姿を消す中、歯を食いしばって事業を続け、自社ブランドも立ち上げるなど、振り返れば「覚悟の連続だった」といいます。

自社ブランド「SHAKUNONE(笏の音)」。ミシンの音やアイロンの音。現場に響くものづくりの音や町工場の思いが響くようにと願いを込めて名付けられました。国産のシルク生地とハンドメイドで仕上げたこだわりのネクタイです。

ーー「日本製」という言葉も前面に出していらっしゃいますが、そこにはどんな思いが込められていますか?

笏本さん:「ナフサや綿花など、日本だけでは賄えないものは海外との協力が欠かせませんし、日本製以外を否定したいわけではありません。ただ、日本でものづくりができる環境が失われていくことに危機感を抱いているんです。 国内のアパレル生産率は、2025年時点でわずか1.1%しかありません。だからこそ、『日本製』と発信し続け、一人でも多くの人に日本のものづくりへ興味を持って欲しいと思って『日本製』と言い続けています。私たちが目指しているのは『日本製だから』ではなく、『これが一番いい』と選ばれるものづくりです。そんな思いを持った集団が『日本製の覚悟店』です。

国内で使用される綿の大半は海外からの輸入。産地(国)ごとに綿の特性を見極め、最適な綿布団を仕立てる技術は、日本の布団職人ならではのもの。香川県の寝具メーカー、岡崎正義商店「お布団本舗」は、その技術を持つ布団職人がいる数少ない企業の一つです。

準備期間3ヶ月の舞台裏~バズった理由は16社の協力体制

言い出しっぺである社長の笏本さんを支えたのは、笏本縫製の専務取締役、中村啓吾(なかむら けいご)さんです。笏本さんは自社の準備もあるため、運営側の準備は、主に中村さんが中心になって行ってきました。2日目、会場内を忙しそうに動き回る中村さんに同行しながら、お話を伺いました。

中村さんは、笏本さんの妹の夫でもあります。家族であり、仕事のパートナーとしても笏本さんを支えています。

ーー準備期間は3ヶ月しかなかったと伺いましたが、運営側としてどんなことを心掛けてきましたか?

中村さん:「正直、こういうイベントをやったことがないので、わからないことだらけでしたけど、『お客さんに楽しんでもらう』『必要な情報をSNSで発信してお客さんに届ける』ということは心掛けてきました。 」

ーー毎日投稿するなど、何か決まりごとがあったんですか?

中村さん:「特に決まりごとはありませんでした。それぞれがSNSで自社の発信をしながら、『みんなで盛り上げていこう!』とストーリーを投稿したり、お互いにコメントしたりして、自然と協力体制ができていました。この集客(2日間で3,000人)で、広告費、ほぼゼロ円ですからね。

ーー本当に凄いですよね!どのSNSを活用したのでしょうか?

中村さん:「各社は主にXとInstagram、日本製の覚悟店の公式はInstagramだけで発信しました。来場者アンケートでも、『Instagramを見た』『〇〇さんの投稿を見て来ました』という声が多く、SNSの力を実感しましたね。ネットで物が買える時代ですが、実際に商品を見たいと思う方がたくさんいることを改めて感じました。」

2日間、会場内の様子を撮影し、動画や写真をSNSで発信していた中村さん。自社の店員もしながら、隙間時間を見つけては、会場内を走り回り、撮影していました。

運営側の準備に率先して協力してくれる企業もありました。東京・世田谷区に本社があり、絆創膏「ニッコーバン」を製造・販売する日廣薬品(にっこうやくひん)株式会社です。

中村さん:「『案内図を作ります』と自主的に手を挙げてくれたのは、ニッコーバンさんのXの中の人でした。また、会場へ荷物を搬入できるのが当日だけという問題が出たときも、『会社に送ってくれていいですよ。』とニッコーバンさんが荷物の受け取りを申し出てくれたんです。前日までに各社の荷物を預かり、当日は車で4往復して会場へ荷物を搬入してくれました。仲間への協力を惜しまない、とてもいい会社だなと思いました。」

ニッコーバンさんは当初、『ボランティアでいいですよ』と言ってくれたそうですが、『仕事としてお支払いさせてください』と、搬入を依頼した各社で費用を負担したそうです。

ーー運営側として最も嬉しかったことはなんですか?

中村さん:「昨夜は懇親会も開きましたが、みなさん口をそろえて『やって良かった』って言ってくれたので、僕としてはその言葉がめちゃくちゃ嬉しかったです。お客様からは、帰り際『またやってね。次、いつやるの?』というお言葉もいただきました。僕らは『これを成功できない限り、次は考えられないね』という話をしていたんですが、初日のお昼時点で、『次いつにする?』という話が出ていたくらいなので、本当にやって良かったです。」

ーーお客様は「商品」から入るんでしょうか、「人」から入るんでしょうか?

中村さん:「弊社は『人』から入るお客様が多いですね。笏本のXをきっかけにファンになり、『笏本さんが作る物なら使ってみたい』と商品を購入してくださる方が増えています。」

2025年8月、笏本さんの次男の誕生をきっかけに誕生したガーゼハンカチ。生地には兵庫県西脇市を中心とした地域で生産される綿織物「播州織(ばんしゅうおり)」が使用され、同じ柄の手ぬぐいもあります。

お客様は応援団!「応援したい」が生まれる場所

日本製の覚悟店で印象的だったのは、来場者が率先してイベントを支える姿でした。初日、各店舗で会計を並ぶ際、他の店舗の迷惑にならないよう、お客様同士が声を掛け合い、整然と並ぶ姿が印象的でした。

こちらは2日目の様子。初日ほどの熱狂ぶりはありませんでしたが、お客様が絶え間なく訪れ和やかでした。

受付で整理券を配っていた男性(写真下・オレンジのTシャツ)。実は、スタッフではなく、笏本縫製のお客様だったんです。鳥取から訪れ、混雑する会場を見て、自ら誘導役を買って出たといいます。普段は警備の仕事をしているそうで、その経験を生かして会場を支えていました。

2日間で3,000人が来場した「日本製の覚悟店」。その数字は、整理券を配り、来場者をひとりひとり数え、記録し続けた人たちの支えにより生み出されたものでもありました。

また、買い物と応援を兼ねて訪れたはずが、あまりの盛況ぶりに、いつの間にか「助っ人」として手伝っていたという女性もいました。日廣薬品の社員のご友人です。2日目はニッコーバンの赤いTシャツを着てスタッフとして参加。商品説明ができない分、来場者の誘導や声掛けなどを積極的に行い、社員とお客様をつなぐ役割を果たしていました。

2日目、ニッコーバン売り場の動線がスムーズになっていたのは、彼女の発案でした。実は、植木鉢に絵を描くアーティストで、マルシェへの出店経験も豊富。その経験を惜しみなく生かし、売り場づくりに貢献していました。

お客様は、単なる「買い物客」ではなく、「応援団」としてイベントを支えていました。日本製の覚悟店に多くの人が心動かされた理由は、16社がこれまで積み重ねてきた発信と、お客様との信頼関係にあるのではないかと思いました。

日本製の覚悟店は「存在証明の場」だった

ーー2日間、お疲れ様でした!今の率直な感想を聞かせてください。

笏本さん:「感動が大きいんですけど、ホッとしているというのが正直なところです。自分が言い出したことで、ここまでみなさんが本気になって動いてくださり、挑戦してくださるというのは、いままでにない経験だったので、みなさんから『良かった、楽しかった、成果があった』と言っていただけて、本当に良かったなと思っています。」

ーー2日間で最も印象に残ったのはどんなことでしたか?

笏本さん:「一番印象に残っているのは、初日、開場前から150人もの方が列を作り、多くのブースで行列ができたことですね。ニッコーバン(日廣薬品)の金尾社長と話していたときも、『弊社の商品は、今回の出店者の中では比較的、店頭で気軽に手に取って買える商品なんです。それなのに、数百円から千円ほどのお買い物のために、何十分も並んでくださる。こんな幸せなことがあっていいんですか』とおっしゃっていて、あの行列に大きな感動を覚えていらっしゃいました。」

日廣薬品株式会社 代表取締役社長 金尾元信(かなお もとのぶ)さん。この日の赤いネクタイにも絆創膏愛が溢れていました。

笏本さん:「商品が欲しくて来てくださっている方はもちろんなんですが、『会いに来ました』『応援しています』と伝えに来てくださる方が本当に多かったです。僕自身も『すべてのお客様に感謝を伝えたい』と思って、途中からはレジに立ち続けることにしました。その方が、短い時間でも、直接お客様と言葉を交わすことができるということを初日の大混雑の中で学んだんです。」

ーー「日本製」という言葉からは、「品質がいい」という一方で、「海外製より高い」というイメージもあります。価格についてはどう考えていらっしゃいますか?

笏本さん:「日本製は、確かに海外製と比べると高いと思われることはあるとは思います。ただ、日本の中で、ものづくりを大切につないでいくためには、必要な価格設定、価値のつけ方や伝え方は必要なことだと思っています。皆さんに納得していただけるだけの場所や時間を使って伝えていく義務は、我々にあると考えています。」

ーー日本製の覚悟店で最も伝えたかったのは何ですか?

笏本さん:「僕は『海外製が悪い』なんて、一度も言ったことがないんですよ。日本製の覚悟店は、『僕たちがここにいる』という存在証明をしたいだけなので。日本製の商品や企業を知ってもらい、お客様の選択肢の一つになれれば、それが日本のものづくりの未来につながる。その第一歩として、『知ってもらうこと』が何より伝えたかったことですね。

「覚悟」は次なるステージへ。日本製の未来

来場者アンケートを行ったところ730件が集まりました。イベントを知ったきっかけは、約8割がXという結果に!年齢層は、40代が25.4%、50代が38%と、40~50代が最も多いことがわかりました。満足度も非常に高く、特に「商品の品質」「スタッフの対応」「会場の雰囲気」が評価されました。SNSでの発信に加え、開催決定時開催2週間前開催直後の計3回にわたるプレスリリースも大きな効果を発揮し、複数のメディア取材につながったそうです。

写真提供:株式会社笏本縫製

笏本さん:「今回のイベントは、すべてが『わざわざ』だったんです。来場者は、SNSで情報を見つけ、わざわざ会場までの行き方を調べ、わざわざ出店企業について調べ、わざわざ予定を調整し、時間とお金をかけてわざわざ12階にある会場まで足を運んでくださいました。そのひとつひとつの『わざわざ』の積み重ねが、3,000人という来場者数や開場前の大行列につながったのだと思います。お客様は、自分の人生の時間を使って会いに来てくださっている。その期待の重みを改めて感じた2日間でした。」

「どこから来たのか」を問うアンケートには、1,327人から回答がありました。最も多かったのは開催地、東京。でも、北海道や東北、遠くは徳島や香川などの四国地方、山口や鳥取などの中国地方から来ている人も!さすがに九州・沖縄から来た人はいなかったようです。

ーーちなみに、今回の会場費はいくらくらいだったのでしょうか?

笏本さん:「会場費は2日間で132万円です。ポスターのデザインや制作、日本製の覚悟店のステッカーや横断幕など、運営に関わるものはすべて弊社で作りました。会場費や備品などの実費だけを割り勘にして、他は一切無償でやっています。むしろ、『僕の言い出したことについてきてくれてありがとう!みんながいたからできた』という気持ちです。少ないところだったら、1社10万円以内で参加できているところもあると思います。」

ーーイベントは大成功だったと思うのですが、成功の秘訣は何だったと思いますか?

笏本さん:「みんなが『本気』でしたよね。出店社だけでなく、お客様も『このイベントを成功させよう』という熱量を持って参加してくださっていました。だからこそ、購買行動につながったのだと思います。1社どころか複数の出店者の商品を購入してくださるお客さんがたくさんいらっしゃいました。行列ができると、迷惑にならないよう、お客さん自らが動いて整然と並んでくださっていました。出店者と来場者が一緒になってイベントを作り上げたことが会場全体の一体感にもつながったのだと思います。

ーー今後、どのような展開を考えていらっしゃいますか?

笏本さん:「日本製の覚悟店を一度きりのイベントにするのではなく、『日本製を応援する一つのブランドへ育てていきたい』という思いがますます強くなりました。『次、絶対にやろう!』という話は、出店社も含め、私の思いとしてもあります。すでに次回開催へ向けた準備も始まっています。『これからも日本のものづくりを知ってもらう場を作り続けたい』と思っています。」

【日本製の覚悟店 出店企業】

ヌノニシタイ株式会社(nuno ni shitai.)

日廣薬品株式会社(ニッコーバン)

Ajuda株式会社(keniamarilia)

ラズホールディングス株式会社(HushTug)

岡崎正義商店(お布団本舗)

えんじょるのん(のんぱち屋)

有限会社大沢建築(さわたく工房)

株式会社ピーチブルーム(ピーチブルーム帽子店)

株式会社TOSCOM(MalpriX)

株式会社ズーム(ICHORA+)

有限会社カネ忠(暮らしのうつわやさん)

株式会社銀座タニザワ(GINZA TANIZAWA TOKYO)

株式会社エムアイシー(銀座村松時計店)

有限会社吉﨑縫製所(YOSHIZAKI)

株式会社出口化成(ミネルヴァスリープ)

株式会社笏本縫製(SHAKUNONE)

【次回開催決定!】

「日本製の覚悟店」2026年12月11日(金)、12日(土)の2日間。大阪にて開催決定!

編集後記

今回の取材で私がずっと考えていたのは、「なぜ応援したくなるのか」ということでした。会場では、お客様が列を整理し、整理券を配り、商品の魅力を自ら伝える姿もありました。普通の展示会では、なかなか見られる光景ではありません。人は「日本製」という言葉だけに動かされるのではなく、その背景にある作り手の思いや、日々積み重ねてきた発信、誠実なものづくりの姿勢に心を動かされるのではないでしょうか。日本製の覚悟店を知ったきっかけは、私にとって笏本さんでしたが、取材を終えた今、応援したい人は16人に増えました。16社それぞれに物語があり、積み重ねてきた信頼と覚悟がありました。来場したお客様も、Xでその思いや過程を見てきたからこそ「応援したい!何としても成功させたい!」という気持ちが芽生え、行動につながり、今回のイベントを成功へと導いたのだと思います。日本製の覚悟店は、日本のものづくりを応援したいと思う人が、こんなにも大勢いることを教えてくれたイベントでした。

ものづくり新聞 記者 小柴寿美子

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