ヒトを訪ねて

06

2026.04

シリーズ製造業対談:『沼津の鉄骨屋帝国』×『尾州のひつじ共和国』——危機を救った同世代経営者が描く、製造業の新しい未来

2026年4月6日公開

市場環境が厳しい状況に置かれている日本のモノづくり業界。そんな製造業で親から家業を継ぐことは、時に「多額の借金」や「赤字体制」をそのまま引き受けるという、過酷な現実を伴うことがあります。

本記事では、そんな大逆境からスタートし、独自の経営戦略で会社をV字回復・飛躍的成長へと導いた、同世代の若き「跡継ぎ経営者」お二人の特別対談をお届けします。

一人は、静岡県で祖父の代から続く影山鉄工所の3代目・影山彰久さん。大きな借入金と4期連続の赤字という状態から現場の下働きとしてキャリアをスタートさせながらも、異業種を含む積極的なM&Aを展開して会社を急成長させました。M&Aを本格化させる前の2年間で人事やブランディング、経理などの本部機能をあらかじめ構築することで、グループインした会社とのハレーション(摩擦)を防ぎ、スムーズに機能させる独自の仕組みを作り上げながら、「鉄骨屋の帝国」の構築を目指しています。

もう一人は、愛知県と岐阜県にまたがる尾州地域で繊維業を営む三星グループの5代目・岩田真吾さん。「俺が死んだら会社を畳んでくれ」と親に言われるほどの状況で家業に戻りながらも、海外展開を推進して世界的なハイブランドに生地が採用されるまでに会社を立て直しました。さらに、同業者と協力して1万人以上を集めるオープンファクトリー「ひつじサミット尾州」を立ち上げ、アトツギベンチャーxスタートアップのコミュニティ「TAKIBI & Co.」など、多様な仲間と連携する「共和国」型のスタイルで産地全体のエコシステムを牽引しています。

非上場企業ならではの「長期的な目線」を武器に、「帝国」と「共和国」という対照的なアプローチで製造業のアップデートに挑む二人。これからの時代に「製造業を楽しくする」ためのヒントと熱意が詰まった、必読のセッションの幕開けです。

■ 影山彰久さんの自己紹介:家業を継ぐまでの道のり

影山:私は1979年生まれです。 影山鉄工所は祖父が創業し、父が2代目、私が3代目になります。 初めから家業を継ぐつもりはなく、幼い頃から工場で働く両親や職人の姿を見て育ちましたが、当時はあまり良いイメージを持っていませんでした。 私自身はホワイトカラーの仕事に就きたかったので、学校卒業後は別の会社に就職しました。

岩田:お祖父様やお父様は現場にも出ていらっしゃったのですね。 いわゆる「社長」というよりは、現場の「親方」というイメージだったのでしょうか。

影山:そうですね、親方のイメージが強かったです。 しかし、26歳の時に父親が病気で倒れたことをきっかけに、工場に戻り、一から職人として働き始めました。

岩田:お父様のご病気がきっかけだったのですね。

影山:はい。 ただ、現場に戻ったものの、元々家業を継ぐ気はありませんでした。 父からも「継げ」とは言われておらず、単なる社員として入った形です。 大学では建築を学んでいましたが、鉄骨を溶接したり組み立てたりする現場の仕事とは直接関係がなく、全くの下働きからのスタートでした。 当時は、社員のみんなも私(息子)がいることを知らず、妹が会社を継ぐのだと思われていたようです。

岩田:社員の方も、息子さんがいることをご存知なかったのですか?

影山:そうなんです。名字を書いても「偶然同じ名字なんだな」と思われるくらいで、「いや、息子ですよ」と説明したこともありました。当時、会社は父と母を含めて7人ほどの規模でした。そこから私が現場に入り、ゼロからやり直したんです。その後、2018年からはブランディングに注力し、2020年からの6年間で7社のM&Aを行い、現在は9社2事業を展開しています。

岩田:そこから現在まで、どのように成長されたのでしょうか?

影山:ずっと現場で下働きをしていましたが、最終的に2018年に代表取締役に就任してからブランディングなどを進めました。 2020年からの6年間で、年商は大きく伸び、現状に至っています。

岩田:それ以前の十数年間は、売り上げはどれくらい伸びていたのですか? 鉄鋼業界全体が悪くなかった時期かと思いますが。

影山:私が入社した当時の売り上げを「10」とすると、父の代から数字はずっと「10」のままでした。 私はそれを伸ばさなければいけないと考え、徐々に20、30と増やしていき、今年はさらに大きな目標を見据えています。

岩田:その「10」という基盤があったことは、黒字で良いスタートだったと言えますか?

影山:正直に言うと、振り返れば赤字の時期が多かったですし、最初の借入金は8000万円ほどありました。当時は社長の息子というポジションで戻れば、周りが知恵を出してくれるだろうと甘く考えていましたが、全然そんなことはありませんでした。

岩田:先日、ヤフーの元社長である小澤さんとお話しした際、「親の跡を継ぐのは、親ガチャで言えば成功でもあり失敗でもある」という話題が出ました。 多額の借金があれば、起業して会社を売るか、借金を返すしかないという状況もあり得ます。 そういう意味では、成功の要素もある一方で、失敗の要素もあるという話が印象的でした。

影山:おっしゃる通りです。ただ、製造業においては、建物や設備といった資産があることには大きな意味がありました。ゼロイチで事業を立ち上げるのは本当に大変なことです。製造業は基本的にROA(総資産利益率)のビジネスであり、アセットが残っていたおかげで復活するチャンスがあったのだと今は考えています。当時は4期連続の赤字で「いよいよ潰れるのではないか」と覚悟し、父が先祖代々の土地を売却してギリギリでやりくりした時期もありました。それが無ければ厳しかったですし、全く違う道に進んでいたかもしれません。

影山彰久(かげやまあきひさ)さん:影山グループ 代表取締役。株式会社影山鉄工所を中心に、7社の製造業をグループ化し事業を拡大している。趣味はマリンスポーツ。

■ 設備投資とアセット(資産)に対する考え方

岩田:先ほど、売り上げはあったものの実は赤字や債務超過だったというお話がありました。 それなら、ゼロから起業したほうが良かったと感じることはありますか? それとも、建物や設備、販路といった目に見えない資産(アセット)があったことには意味があったのでしょうか。

影山:ゼロイチで立ち上げるのではなく、1を10に進めるという意味では、資産は重要でした。 フランチャイズでの起業などとは違い、全く何もないところから立ち上げるのは大変です。 製造業は基本的にROA(総資産利益率)で評価され、資産を活用してリターンを上げるビジネスです。 IT企業のような高い利益率は難しいですが、アセットが残っていたおかげで復活するチャンスがあったのだと今は考えています。

影山:ただ当時は、4期連続の赤字で「このままでは潰れるのではないか」と工場内でも危機感がありました。 銀行からの借り入れも難しく、ギリギリで赤字を回避したこともありました。

岩田:財務的に厳しい状況だったのですね。 ある経営者と設備投資の是非について議論になったことがあります。 過去に過剰な設備投資をして苦労した方で、「あの時代には戻りたくない。アセットヘビー(資産過大)だと固定費や税金がかさむ」と語っていました。 一方で、補助金を活用して初期投資を行うことが推奨される風潮もありますが、リーマンショックなどの景気変動を経験されている立場から、どう思われますか?

影山:私はROAを重視する立場であり、無駄な投資は避けるべきだと考えています。 初代の祖父は、バブル崩壊で景気が落ち切る前に不要な資産を全て売却し、身の丈に合った規模を残したことで会社を守り抜きました。 私もその教訓から、工場や土地といった固定資産は必要最小限に留め、むやみに規模を拡張することはしませんでした。

岩田:自社で建物を買わずに借りたり、外注を活用したりしているということですね。

影山:そうです。 高くても家賃として払うか、外部の協力会社にお願いしています。 私たちの業界は全国で1,000社ほどしかなく、その中でトップの鉄骨工場のグレードを持つ会社は300社程度です。 設備投資に資金をかけるのではなく、ソフトウェアやシステムに力を入れ、外注先と連携しながらキャパシティを柔軟に調整できるようにしました。 債務超過を解消し、返済の目処が立ってから初めて次の展開を考えました。

■ 岩田真吾さんの自己紹介:伝統産業のアップデートとオープンファクトリー

岩田:私は1981年生まれで、影山さんとは同世代だと思っています。 岐阜県と愛知県の県境にある「尾州」という繊維産業が盛んな地域で、三星グループというウールを中心とした会社の5代目社長を務めています。 会社化されたのは祖父の代ですが、それ以前は家業としてやっていました。 現在は繊維事業に加えて、樹脂コンパウンド事業、そして先代が残してくれた不動産事業を展開しています。

岩田:繊維業界も鉄鋼業界と同様に構造的に厳しく、私が戻ってきた時は赤字でした。 先代からは「会社を畳むなら俺が死んだ後にしてくれ」と言われるほどでしたが、なんとか残す方法はないかと模索しました。 海外展開に力を入れ、今では世界のトップブランドの生地にも採用されています。 職人が誇りを持てる工賃で、価値あるものづくりを提供することに注力しています。

岩田:何でも仕事を受けるのではなく、高く評価してくださるお客様に集中し、現在はグループ全体で黒字化を達成しています。 経歴としては、東京の大学を出て三菱商事に入社し、その後ボストンコンサルティンググループ(BCG)に勤めました。 家業に戻ったのは2009年、社長に就任したのは2010年で、まさにリーマンショックの直後でした。

影山:そんなに状況が悪かったのですか?

岩田:はい、雇用調整助成金の申請方法を調べるところからのスタートでした。 前向きに攻める気持ちにはなかなかなれず、まずは安定した基盤を作ることが重要だと痛感しました。 最近ではコロナ禍で繊維業界が大きな打撃を受け、「服が売れない、誰も服を着なくなるのではないか」という危機感がありました。

岩田:尾州の産地は分業体制で成り立っていますが、実のところ同業者はライバルでもあります。 しかし、コロナ禍を経て「本気で協力しないと、このエコシステムが壊れてしまう」と皆が気づきました。 そこで、お互いを知る機会としてオープンファクトリーイベント「ひつじサミット尾州」を立ち上げました。

岩田:2020年から始めたこのオープンファクトリーは、初年度からオンラインを含め1万人ほどが集まりました。 何より嬉しかったのは、寡黙だと思っていた職人たちが、見学者から「すごいですね」と言われて嬉しそうに説明していたことです。 継続していくうちに、アパレル業界の社長なども訪れるようになり、産地全体に良い影響が生まれています。

岩田:また、後継ぎの経営者とスタートアップ業界を交ぜ合わせるコミュニティ「TAKIBI & Co.」も運営しています。 日本全体のコミュニティを活性化させるために、実践者である影山さんから色々と学ばせていただきたいと思い、今回の対談をお願いしました。

岩田真吾(いわたしんご)さん:三星グループ代表取締役社長。三星毛糸株式会社、三星ケミカル株式会社、株式会社ウラノス(不動産事業)を経営する傍ら、アトツギxスタートアップ共創拠点「TAKIBI & Co.」を運営。趣味はサウナ

■ 非上場企業ならではの経営の強みと時間軸

ーーお二人の会社に共通しているのは、会社を右肩上がりに急成長させることが必ずしもゴールではないという点だと思います。 会社のミッションは何か、誰のために経営するのかという部分で、独自のスタイルをお持ちですよね。

岩田:以前、静岡の先輩経営者とお話しした際、「今でも自分が社長になった第1期が続いている感覚で経営している。無理して今期の利益を作るのではなく、BS(貸借対照表)をしっかり作っていく」と仰っていて、非常に共感しました。 上場企業は資本コストがかかるため短期間で稼ぐことが求められますが、非上場企業は時間を味方につけ、長期的な目線で安定的に成長することができます。 これは、非上場企業の後継ぎにしかできない経営スタイルだと思います。

影山:私も同感です。 銀行との関係においても、ある程度の距離感を持ちつつパートナーとして付き合うことが重要です。 父の教えでもありますが、経営の波を予測し、長期的な視点で会社をどうつくっていくかを常に考えています。

岩田:影山さんのM&A戦略についてお聞きしたいのですが、通常はサプライチェーンの上流や下流を買収することが多い中、御社は全く別の領域に進出されていますね。

影山:冷静に分析すれば、勝算は十分にありました。コロナの緊急事態宣言が出た直後で、上場企業が投資をストップしているタイミングだったからこそ、良いご縁に恵まれたという側面もあります。その後、ウクライナ戦争で電気代や材料費が高騰しましたが、事前に次の電池関連のM&Aを進めていたおかげで、グループ全体として危機を乗り越えることができました。

■ 独自のM&A戦略と企業成長

岩田:M&Aを検討する際、全く経験のない領域や規模の大きな案件に対して、どのように決断されたのでしょうか?

影山:最初のM&Aの時は、規模が自社の5倍以上の会社でした。 リスクはありましたが、アメリカの市場動向などを見て、十分に勝算があると考えました。 仮に天変地異が起きて失敗したとしても、会社の基盤が揺るがない範囲でリスクを取るようにしています。

岩田:通常なら、自社より大きな規模の会社を買収するのは躊躇しますよね。

影山:タイミングも重要でした。 コロナ禍の緊急事態宣言が出た後など、世の中が立ち止まっている時に、私たちは次の手を打つことができました。

岩田:買収先の選定において、利益が出ている会社は競争も激しいと思います。 どのように情報を収集し、見極めているのですか?

影山:M&A仲介会社からの情報が一番多いです。 彼らもインセンティブがあるので積極的に動いてくれます。 残りの半分は銀行やご縁からの紹介です。

岩田:送られてくる案件は相当な数になりますよね。 その中で「これはダメだ」と見極めるリテラシーが買い手側にも求められると思います。

影山:月に200件ほどの案件を見ているので、自然と目は養われます。 財務状況だけでなく、事業の将来性や、私たちが加わることでどれだけ価値を高められるか(バリューアップ)を重視しています。

岩田:M&Aを進める上で、経営人材の枯渇という課題にはどう対応されているのでしょうか?

影山:M&Aを本格化させる前の2年間で、人事やブランディング、経理などの本部機能を社内に構築しました。最初はコストがかかり社内の反発もありましたが、この本部機能があるからこそ、グループインした会社がハレーションを起こさず、スムーズに機能するようになっています。各社のPL(損益計算書)管理はトップに丸投げし、自由度を持たせて任せるようにしています。

■ 社員のモチベーションとこれからの組織づくり

岩田:M&Aでグループインした会社の社員やリーダー人材に対して、オーナーシップを持たせ、モチベーションを維持するために気をつけていることはありますか?

影山:一言で言えば「コミュニケーション」です。 昭和のトップダウンのようなやり方ではなく、現場の意見を聞き、一緒に考えることを大切にしています。 社長やリーダー候補の方と面談し、今後の方向性や課題について話し合い、任せられる部分はお任せします。

岩田:異なる文化を持つ会社同士が一緒になるのはセンシティブな時期でもありますよね。

影山:そうですね。 私自身にその業界の専門知識がない場合は、素直に「教えてください」というスタンスで入ります。 現場を大切にし、どこに問題があるのかを一緒に解決していく姿勢が重要だと思っています。

岩田:仕組み化を進める一方で、社員の働きやすさについてはどう考えていますか? 例えば、当社では時間単位の有給休暇を導入し、子育て世代も含めて誰もが働きやすい環境を目指しています。 「休みやすい」ではなく、前向きに皆で何かを成し遂げる場所でありたいと考えています。

影山:私の会社でも、人事制度の導入や、ブランディング、IT化を進め、社員が働きやすい仕組みを整えています。 最初は反発もありましたが、今ではその柔軟性が強みになっています。

■ 結び:今後の展望と次回の構想

ーー最後に、お二人の今後の展望についてお聞かせください。 社会情勢が不安定な中で、今年から来年にかけてどのように乗り切っていくお考えでしょうか。

岩田:電気代の高騰など、厳しい状況が続くことは間違いありません。 しかし、社員には「できない理由」ではなく、「どうすればできるか」を考えてほしいと伝えています。 リーマンショックを乗り越え、実質無借金で潰れない会社にしてきたのは、こういう時のためです。 この環境下でも成長するためのマインドセットを持つことが重要だと考えています。

影山:私も同感です。 業界全体が同じような厳しい環境にありますが、だからこそチャンスでもあります。 当社としては、鉄骨メーカーとしての地位をさらに確立し、「鉄骨屋の帝国」を作りたいと思っています。 業界の再編が進む中で、適切な投資と組織づくりを行い、価値あるものを社会に提供し続けていきます。

岩田:職人が誇りを持てる仕事環境を作るという点では、非常に共感します。 「帝国」という言葉に影山さんのスタイルが表れていますね。 私はどちらかというと「共和国」型で、様々な仲間とコミュニティを作りながら社会に提言していくスタイルです。 ぜひ次回は、当社のオフィスにお越しいただき、第2弾の対談ができればと思います。

影山:ぜひ、よろしくお願いします。

編集後記:

対談は静岡県沼津市の影山鉄工所オフィスにて2026年3月に実施させていただきました。実は、記事にできないディープな会話も対談中に多数ありました。できればリアルイベントでお二人の対談をお聞きいただきたいという気持ちでこの記事を執筆いたしました。「帝国」と「共和国」。それぞれ目指す形は異なりますが、どうやって日本の製造業を次世代に残していくのか、それぞれのアプローチでの今後のご活躍に期待が膨らみます。第2弾も企画しておりますので、次の対談記事をお楽しみに!(ものづくり新聞 編集長 伊藤宗寿)

 

記事をシェア