ヒトを訪ねて
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工芸産地を旅の目的地へ/一般社団法人 日本工芸産地協会

2025年7月18日 公開

2025年6月16日(月)~18日(水)の三日間、大阪・関西万博内のEXPOメッセ「WASSE」で「日本工芸産地博覧会2025」が開かれました。

このイベントは、万博を訪れた人が日本の伝統工芸やその体験に触れることで、工芸産地を訪れるきっかけにしてもらおうと、日本工芸産地協会と読売新聞の共催で行われたものです。


日本工芸産地博覧会2025のイベント全体の様子は、すでに別記事でご紹介していますが、今回は、このイベントを企画した日本工芸産地協会の理事・事務局長の原岡知宏(はらおか ともひろ)さんのインタビューをご紹介します。聞き手はものづくり新聞の伊藤編集長。なぜ万博内で開催したのか、その狙いと思いを伺いました。
万博で日本工芸の体験型イベントをやろう!
原岡さんは、2003年、株式会社中川政七商店(なかがわまさしちしょうてん)に入社。これまで、生活雑貨事業の生産管理、卸売部門のマネジメント、管理部門のガバナンス構築などに携わってきました。2017年に日本工芸産地協会の設立に関わり、2018年より理事として活動していらっしゃいます。

一般社団法人 日本工芸産地協会は、日本各地の工芸産地において最も輝く一番星たる企業が、日本の工芸および産地の現状に危機感を持ち、その未来を真摯に考え、社会的使命を自覚し、覚悟を持って産地の未来を描くために集う場を目的に2017年に設立。「産地の一番星が、産地の未来を拓く」をスローガンに掲げ、現在、工芸産地が旅行の目的地になることを目指して活動中。代表理事は、富山県高岡市にある鋳物メーカー、株式会社能作の代表取締役会長、能作 克治(のうさく かつじ)さん。所在地は奈良県奈良市にある中川政七商店内。
ーー日本工芸産地博覧会は、工芸の産地をみんなに知ってもらおうという面はもちろんあると思うんですけれど、大阪・関西万博の会場内に出すというのは、どういうきっかけだったんですか?
原岡さん:「この博覧会はもともと大阪・関西万博に立つことが目標で過去2回(2021年と2023年)開催したんです。日本工芸産地協会が発足して2年が経った2019年に、大阪・関西万博が大阪で開催されることが決まりました。日本工芸産地の素晴らしさを伝えるため、自分たちが万博に出展しなくては!という思いが強くなりました。『大阪で万博があるんだったら、日本工芸産地協会で出よう!』ということになって、2019年の年末に、みんなで集まって、アイデアを出し合いました。万博で普通の一般小売の販売イベントをやっても仕方がないので、『全国の産地が集まって、一般の消費者向けに、いろいろな工芸体験ができるイベントを万博でやろう。最初から上手くいくわけがないし、練習が必要だ。じゃあ、まずはどこかでイベントの経験を積もう。』という話になったんです。」
1970年に開催された大阪万博への憧れ
原岡さん:「ところが、さあやろうってなったときに、コロナ禍になり、2年間、身動きが取れなくなりました。そして、2021年に、どこでやろうと、もう1回議論したときに、大阪・関西万博の規模感を目指すなら、広い場所が必要だし、人脈も必要だし、我々が万博を学ぶという意味でも『1回目は大阪の万博記念公園でやるべきでしょう』と。『それなら、太陽の塔の岡本太郎さんが名付けたお祭り広場(写真下)で、第1回目をやろう。』ということを私の独断で決めました。私は大阪生まれの大阪育ち、1974年生まれです。1970年に大阪で開催された万博には憧れがあり、岡本太郎さんのこともよく勉強していたので、第1回目は絶対『太陽の塔』のもとでやりたいと思いました。」

*写真提供:一般社団法人日本工芸産地協会
万博に向けた2回のプレイベント
2021年と2023年は、出展社側に当事者意識を持ってもらいたいと、あえて運営にも深く関わってもらったそうです。
原岡さん:「その1回目では、日本工芸産地協会が2017年の発足時に掲げていたのが『産業観光が産地の未来を開く』というビジョンだったので、『そこを起点に、工芸産地に実際に行ってもらう』をテーマに実施しました。」
2021年は53社が参加し、来場者は2万人。イベント自体は成功という手応えを感じる一方、コンテンツ、デザイン、オペレーションなど、万博に向けての課題も見つかったそうです。
2021 日本工芸産地博覧会 JAPAN CRAFT EXPO | 日本工芸産地協会
原岡さん:「2回目をその2年後の2023年に開催して、出展社数を増やすなど、内容についてもより研ぎ澄ませました。僕たちは『万博に行きたい。そのためにやっているんだ。』っていうことを方々で言い回っているうちに、読売新聞さんと出会うんですね。私たちは万博に行きたい。読売新聞さんは『それいいね』となって、握手できたのが2023年。」
2023年は60社が参加。来場者は12,500人。入場を有料にしたにも関わらず、多数の人が来場。読売新聞とのパートナーシップも構築できて、2025年の万博開催に向けて、基礎はできたと実感したそうです。
2023 日本工芸産地博覧会 JAPAN CRAFT EXPO | 日本工芸産地協会
原岡さん:「2023年に出来上がったことをこの大阪・関西万博に持ち込むということで、2024年の1年間は議論をして、2025年に具現化したというのが今日までのストーリーです。工芸と産地の新しい未来を切り開き、世界中の人々をつなぐ場となることを信じて突き進んできました。」
夢は海外で開催すること
ーーある意味、今回、ゴールを迎えたわけですね。次、どうするかはこれから議論ですか?
原岡さん:「決まっています。来年(2026年)東京でやって、その次は台湾でやって、その次はヨーロッパのどこかでやります。…というのは僕の妄想ですね(笑)。なぜそう思ったのかというと、万博という場所が、世界への発信の場だと信じてここまで走ってきたんです。手前味噌ですけど、とってもいい空間ができました。すごくお褒めいただいています。開催して良かったなと思うし、皆さんに貢献できたなと思うんですけれども、来場者の9割は日本人なんですよ。私はここで開催することで、世界中の人に知ってもらえると信じてやってきたんですが、ちょっと物足りなさが残ってしまいました。」
ーーなるほど。来場者は日本人が多い印象はありますね。
原岡さん:「今日もたくさんの方が来てくださって、すごくいい顔で帰って行かれる。三日間、出展社の皆さんもニコニコしながら、すごくいい顔をしている。朝9時から夜9時まで、自分でもしんどいんですけれど、もう充実しかないっていう感じです。日本でやって日本人がこんなに喜んでくれるんだから、海外に持っていって外国の方に見てもらったら、びっくりするだろうし、面白いし、きっと日本の工芸産地への関心を持ってくださる方はいるだろうなと。『もっと世界の人に見て欲しい』っていう思いが、ここ1ヶ月ぐらい、ムクムクと出てきました。そして、この設営が終わって出来上がりを見たときに、海外に通用すると思いました。」

工芸産地を旅の目的地にしたい
原岡さん:「今回のイベントは、JALさんとJR西日本さんが協賛してくれています。昨日、JALの方と日本工芸産地協会の能作会長と3人で話をして、『これを海外に持って行きたいんだ』って私が言ったら『ぜひやって欲しい』と。」
ーーいい展開ですね!
原岡さん:「JALさんが言うなら、私はやりたいし、能作会長は元々海外展開に積極的ですし、あとは、ここにいる産地の皆さんがどう思うかですよね。彼らが自分自身で『これをもっと世界に見せたいんだ』って自発的に、熱量を持って語りかけてくれるならできると思うし、我々が勝手に言ったところで、成立しないんじゃないかなと思います。逆にその気持ちがないとできないというのが今日この瞬間の心境です。」

ーー面白い話じゃないですか。どうしてそれをパンフレットに書かないのかな…と思うくらいですよ。
原岡さん:「だって今日思っていることだからね(笑)。でも、『これを海外へ持っていきたい』というのは、私の個人的な思いなんです。この会の一番大切なビジョンは、『工芸産地を旅の目的地にすること』なんです。」
ーーそれでタイトルが「手が語る、時を超える、旅へ」だったんですね。旅って何だろう?って思っていたんですよ。

原岡さん:「はい。工芸産地を旅の目的地にしなきゃいけないんです。例えば、岩手県の及源鋳造(おいげんちゅうぞう)さんに行きたいから、それを目指して行くのが旅の一番の目的だという人が、どれだけ現れてくれるかが今回の進化なんですよ。旅のおまけに工芸産地があるのではないんです。」

南部鉄器の老舗、岩手県の及源鋳造のブースでは、鉄鍋で炊くご飯の試食会も行われていました。こちらの鉄鍋、なんと!IH対応なんです!
20産地の魅力を探る旅へ
原岡さん:「僕、1ヶ月の間に、今回出展している20産地を全部回って、あの映像(写真下)を全部撮ってきたんです。カメラマンも一緒に行ってね。」

職人たちの手を紹介する映像。巨大スクリーンで上映され、存在感を放っていました。
原岡さん:「1ヶ月で20産地も行かなきゃいけないから、ある程度まとめて行くじゃないですか。東北に行ったときは、秋田大館、岩手奥州、福島会津若松って三つを巡って帰ってきたんです。1泊2日でね。普通に考えて、そんな旅行をする人はいないですけどね。」
ーーすごい!だいぶおかしいですね(笑)。
原岡さん:「めちゃくちゃしんどかったけど、むちゃくちゃ面白かったんですよ。途中、磐梯熱海温泉に泊まって、これは旅になるな、面白いなと思いました。東北3つ、関東2つ、北陸4つ、和歌山3つ、奈良と大阪、島根、熊本、沖縄。20の工芸産地を8ブロックに分けて、旅として提案することが、今やりたいことですね。」
課題は人員不足
ーー原岡さん、良いことおっしゃるじゃないですか!それ、もうちょっとわかりやすく伝えましょうよ。
原岡さん:「日本工芸産地協会の職員として専任で動いているのは、実は僕1人しかいないんです。ホームページも、インスタの発信も僕1人。全部1人でやっているので、もうどうしてもリソースが足りなかった。一番の課題はなんですか?って言ったら、工芸産地協会の人員をもっと増やすことですね。」
ーープレイベントはどうやって人員を確保したんですか?
原岡さん:「1回目と2回目は日本工芸産地協会の会員企業や理事企業から絶対に1人ずつ人を出してくれって言って15人ぐらいのチームを作りました。広報もみんなにやってもらったし、制作に関する関わりも全部やってもらいました。コロナ禍だったり、コロナ禍がちょっと明けたぐらいだったりしたので、結構みんな暇だったから、人を出せたんですよね。」
ーー今回は人を出してもらえなかったわけですか?
原岡さん:「主催者と出展社の機能と役割を見直したんです。今回の万博は読売新聞さんと一緒にできるので、最高のものをここで表現してもらうために、『外とのやり取りは全部こっちでやっておくから、このブースの中で何をやるかっていうところに全部注力してほしい、最高のものを持ってきてくれ』と。それを約束してくれるんだったら、運営側のことは手伝わなくていいという約束をしたんです。」
ーー切り分けたんですね。
原岡さん:「はい。結果、一番の空間を作れたんじゃないかなと思います。この空間に展示しているのは、工芸の『どや』。大阪弁で『これぞ僕たちの自慢のものだ!どうだ!』というものを持ってきてくれって言っていたら、みんな凄いのを持ってきてくれたなと思いました。」

原岡さん:「特に今、玉川堂(ぎょくせんどう)がやっているものは、ちょっと想像を超えていますよね。一つのイベントのためにあれだけのものを作って、どれだけの時間、仕事が止まっているんだろうって思います。」

玉川堂は新潟県燕市(つばめし)にある金属加工業者。創業は1816年。200年以上にわたり、1枚の銅板を金鎚(かなづち)で叩いて銅器を製造する「鎚起銅器(ついきどうき)」という伝統技術を継承し、ものづくりを行ってきました。
100年後の未来を見据える
ーー今回は費用がかかっていると思いますし、みなさん覚悟を決めた出展ですね。
原岡さん:「はい。参加費もそうですが、万博だから宿泊費は高いし、東北から来ようと思ったら1人1万、2万じゃすまないですし、スタッフだって5、6人は必要でしょうし、職人も3、4人連れてこなくちゃいけないですしね。私が朝9時~夜9時までやるって言ったから、せっかく万博来たのに、ずっとこのイベントにいたら、万博も見られませんしね。でも覚悟して来てくれたから、僕は僕で最高の場所にしなくちゃいけないなと思いましたし、皆さんは皆さんで最高のものを作ろうと思ってくれましたしね。」

原岡さん:「万博に立ったっていうことを、100年後まで僕らは語り続けるんです。だからね、参加費は全然高くない。こんなPRないですよ。それを体現したのは玉川堂です。玉川堂さんのブースでは、100年前に万博に出ましたという賞状を出して宣伝していますよ。」

1926年のフィラデルフィア万博でグランプリを受賞したときの賞状。玉川堂は、1873年のウィーン万博から、9回、国外の万博に出た記録が残っているそうです。
原岡さん「今回、初めて万博に出たっていう企業の中で、玉川堂みたいな会社が1社でも残っていたら、また100年後の万博に繋げられるかもしれないじゃないですか。万博のときに出来上がったものは、100年語り続けられるんです。100年後、僕はもう死んでいるかもしれないけれど、誰かがやるかも知れない、そう思うんです。」
■日本工芸産地博覧会 オフィシャルサイト
https://kougei-sunchi.or.jp/expo/
■一般社団法人 日本工芸産地協会 オフィシャルサイト
【編集後記】
私は、二日間、伊藤編集長と一緒に今回のイベントを取材させていただきました。開催期間の3日間に訪れた人は約4万人。大半は、万博に遊びに来て、たまたま開催されていたから寄ってみたという人が多かったのですが、「普段、日本の伝統工芸に関心のない人たちに見てもらえたことが良かった」と参加した企業の皆さんがおっしゃっていたのが印象的でした。『手が語る、時を超える、旅へ』という冊子は、原岡さん自らが20産地を取材し、まとめたものです。買い物をした来場者に配布されました。原岡さんは、産地のお店に行ってこの本を見せると、水戸黄門の印籠のように「ありがとう」と感謝され、何かノベルティがもらえるか、特別なメニューを体験させてもらえるようにしたいとおっしゃっていました。AIの時代だからこそ、手仕事が見直される時代になっていくのかもしれません。各店舗の様子については、別記事で詳しくお伝えしますね。
ものづくり新聞 小柴寿美子
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