ヒトを訪ねて
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2025.12
奈良の伝統産業「墨」づくり~冬の仕込みを前に/錦光園【後編】

2025年12月5日 公開
奈良市で墨製造を営む墨屋「錦光園」の7代目、長野睦(ながの あつし)さんの取り組みをご紹介しています。【前編】では、墨の原料の一つである松煙(しょうえん)という煤(すす)を作る職人さんが減っている今、技術が途絶えてしまう前に、墨職人である長野さん自らが煤の製造も始めようと、奈良県東吉野村に工房を作り、松煙づくりに奮闘する姿をご紹介しました。
松煙煤の製造にトライする職人。伝統の墨「松煙墨」を守るために/奈良 錦光園【前編】

錦光園 墨匠7代目 長野睦さん。大学を卒業後、東京で外食産業へ就職し、約15年間勤務。2015年、家業の後を継ぎたいと、家族と共に奈良へ帰郷し、墨職人の道へ。現在、墨の原料である煤づくりに奮闘する日々を送っている。(取材時:2025年10月)
【後編】では、奈良市内にある長野さんの工房を訪ね、冬に行われる本格的な墨製造シーズンを前に、墨づくりの様子をご紹介します。
創業150年ほどの歴史 墨屋「錦光園」
JR奈良駅から徒歩3分という観光の中心地に、墨屋「錦光園(きんこうえん)」はあります。創業は明治時代初頭。150年以上にわたり、昔ながらの墨の製法を受け継ぎ、それを守りながら、奈良市の伝統産業「墨づくり」を代々続けてきました。
2025年10月、工房を訪ねると、新品の暖簾が掲げられていました。7代目として錦光園を受け継いだ長野さんの暖簾です。「たくさんの方がこの暖簾をくぐってくださるように」との思いが込められています。

引き戸を開けて、一歩中へ足を踏み入れると、素敵な和の空間が広がっていました。

奈良市内にある墨屋は合計8社(取材時:2025年10月現在)。全国の約9割の墨を奈良で製造しています。早速、長野さんが作っている固形墨を見せていただきました。

固形墨は、植物などの油を熱してできる煤(すす)、油煙(ゆえん)で作られる油煙墨(ゆえんぼく)と、赤松を燃やしてできる煤、松煙(しょうえん)で作られる松煙墨(しょうえんぼく)があります。錦光園で製造される固形墨は油煙墨と松煙墨。松煙墨は2~3割程度だそうです。

こちらは香りを楽しむ「香り墨」(写真下)です。奈良の正倉院や東大寺などで使われる「伎楽面(ぎがくめん)」をモチーフに作られています。伎楽面は、日本最古の仮面舞踊劇「伎楽」に使用された仮面です。奈良のお土産として海外の方にも人気があるそうです。

金色に加飾された豪華な墨もあり、ひと際、存在感を放っていました。

早速、これらの墨を製造している工房へ案内していただきました。
どこもかしこも真っ黒な職場

ーー凄い!真っ黒でカッコいい職場ですね。墨のいい香りがします。
長野さん:「ここは工房の心臓部です。墨はここで製造しています。」

ーー真っ黒ですけど、落ち着くような黒ですね。あ、電話機も真っ黒ですね!
長野さん:「墨を作っている時、手は真っ黒ですが、その手で普通に電話に出ていますからね。綺麗にしたところでまた真っ黒くなっちゃうから、電話も黒いままです。」


墨はこうやって作る!
墨の製造シーズンは寒さが厳しくなる冬ですが、実際に墨を1つ作っていただき、作業の様子を見せていただきました。
1)膠を溶かす
長野さん:「ここは、膠(にかわ)を溶かす作業場です。墨は煤(すす)と膠と香料で出来ています。膠は動物性のゼラチンで、接着剤の役割をするんです。この筒に膠と水を入れて、下から火をガンガン焚いて、約70度に湯煎をするような感じで溶かします。そうすると、膠はドロドロの液体になるんです。それを膠汁(にかわじる)と言います。膠汁を工房の中に持っていて、サラサラの粉状になっている煤と混ぜ合わせて固めていくんです。」

2)煤と膠を合わせる
長野さん:「次に、攪拌機を使って、膠汁と煤を粗く混ぜ合わせます。今は煤が舞っている状態なので、残念ながらお見せ出来ません。攪拌機に手を突っ込んで、粗く混ぜた生墨を取るんですが、それが火傷するくらい熱いんです。膠汁の温度は70度。煤は常温のままなので、混ぜると温度は多少落ちますけど、それでも60度ぐらいはあると思います。膠は接着剤の塊だから、手にくっつくんです。熱いのに取れないから、もうパッパとやるしかないですけどね。」
ーー木べらなどの道具は使わないんですか?
長野さん:「そんな事、絶対にしません。時間的にもやっていられないです。こねている間に、膠はどんどん硬くなるんですよ。だから、固くなる前にこね切らないといけないので、手早く混ぜる必要があるんです。そのためにも、手で生の墨の感覚をつかまないといけません。」
ーー練った生墨が余ることはあるんですか?
長野さん:「たまにあります。その場合は、一旦保管しておきますね。ただ、固くなっちゃうので、後日、使う時だけ、炊飯器でちょっと温めることもあります(写真下)。だけど熱くしすぎると、膠がべちゃべちゃになるから、軽く保温するぐらいです。ちょっと柔らかくなったら、すぐにまた手で練ります。手の温度でも柔らかくなるので、できる限り早く作っていく感じです。基本は生の墨を袋に入れて自分たちの股の間など人肌で温めながら作業します。」

3)生墨を手で練る
長野さん:「撹拌して練り上げたものは、黒い粘土みたいになります。その生の墨を木型の中に入れて、押し付けて墨を作っていくんです。」

長野さん:「まずは木型に合うように、生の墨の重さを量ります。」

長野さん:「墨の場合、単位は『丁型(ちょうがた)』っていうんですけど、一丁型が基本的なサイズで、25グラムです。今回は三丁型の木枠に入れるので、75グラムを量ります。」

長野さん:「重さを計ったら、この生の墨の表面がボロボロなので、これをきれいにしていきます。しっかり上から力でギューッと押し込んで、まずはこの中の空気を抜いていきます。」

長野さん:「空気を抜いたものを、今度は丸めていくような感じです。丸めていったら、お団子みたいな状態にしていきます。」
ーー綺麗なお団子ですね!


4)型に入れる
長野さん:「今度は墨づくりのメインの作業になる『型入れ』です。お団子になったものを、棒状に真っ直ぐ伸ばします。伸ばす時に大切なことは、型の長さに合わせることです。こんな風に綺麗に入ります。」

長野さん:「入れたら、今度は上から蓋をまっすぐギューっと押し付けます。」

長野さん:「次に、この万力(まんりき)という道具(写真下)で圧を加えていきます。万力に挟んだ状態で、20分間程度置いておくんです。」

長野さん:「もし、今が製造シーズンだったら、この型がここにいっぱい並んでいる状態です。20分間待っている間に次の型を取ってもう一回入れて、また閉めて、みたいな感じで、次々に回転させていきます。
5)型から外す
長野さん:「20分経った状態で開けてみると…。」

長野さん:「さっきの墨が、こういう状態で出来上がります。」
ーーうわ!柔らかいんですね。

長野さん:「はい、まだ柔らかくて、ふにゃふにゃの状態です。でも、木型の表面の文字もしっかりプリントされていますよね。これを自然乾燥させていくのが次の工程です。」

6)灰乾燥
長野さん:「この灰を使って乾燥させます。これは、どんぐりの木やクヌギの木などの灰です。この木の灰をならして綺麗にしたら、ここに新聞紙を敷いて、その上に墨を1個1個並べていくんです。その後、その上にまた新聞紙をかぶせて、また上から灰をかぶせてという感じで繰り返していきます。この灰に墨の水分を吸わせていくんです。墨は水分が飛んでいくと、今よりも縮んで、硬くなっていきます。これを灰乾燥といいます。」

長野さん:「ここで3週間、墨を乾燥させるんですが、この灰自体も水分を吸って湿ってきます。そうなると、墨も腐るんですよね。動物性のゼラチンなのでカビが生えるんです。なので、常に、2日3日おきに、この灰の中の墨を全部取り出して、新しい灰に入れてっていうのを3週間繰り返しながら乾燥させます。」
ーー根気がいる作業ですね!灰は終わった後はどうするんですか?
長野さん:「湿った灰は、放っておいたら、日の光で自然乾燥するので使い回しです。うちの親父もこの灰を入れ替えたことがないって言っていたから、祖父の前からずっと使っている灰だと思います。下手したら100年近く経っている灰かもしれません。」
ーーたまには灰を足すこともあるんですか?
長野さん:「逆に持て余していて、灰も半分ぐらい処分しました。祖父の時代より今は墨の生産量が減っているから、灰が余っているくらいなんです。」

長野さん:「1年使った木の型を夏場に洗ったので、これからの冬の製造シーズンに向けて、今は型をしっかり乾かしている最中です。普段はこんな風には置いていません。」
ーー来年の干支、馬の型もありますね。

ーーこっちには鹿の型も!奈良っぽいですね!

ーーシーズン中は、ここでずっと墨を乾燥させているんですか?
長野さん:「ここは仮の乾燥部屋です。生の墨は、急に乾燥すると弱くてすぐ割れちゃうんです。なので、まずはここで最低限3週間の乾燥をして、外での自然乾燥に耐えられるぐらいの状態にするんです。」
ーーそれにしても、この新聞紙の量は凄いですね!
長野さん:「灰と墨の間に挟むための新聞紙です。『新聞が必要なんです』って言っていたら、近隣のホテルの人や地域のおばちゃんがためてくれて、いつも持ってきてくれるので、ありがたいですね。」

7)自然乾燥
長野さん:「ここが本来の自然乾燥の部屋です。今は何もないですけど、製造シーズン中は、灰乾燥から上がってきた墨を四角いザルの上に並べて、ここで乾燥させています。乾燥すると墨は2、3割縮むんです。」(写真提供:錦光園)

8)磨き
ーー積んである墨がグレーがかっているのは、灰の中に入っていたからですか?
長野さん:「そうです。これを磨く専門の職人さんがいるんです。軽く表面を水洗いして、乾かした後、膠と煤と米の研ぎ汁みたいなのを混ぜた液体みたいなのを塗るんです。磨いた墨は手に持っても汚れないです。」(参考サイト)

長野さん:「磨きの職人さんから綺麗になって墨が戻ってきたら、それを井形に組んで、もっと乾燥させます。井形にするのは、空気が通るからです。このまま2、3年乾燥させます。」

9)加飾・彩色
長野さん:「乾燥させた後、最終的には、色を塗ったり、手作業で金の箔を散らしたりして完成です。」

長野さん:「これはどうやって彫ったんだ?っていうくらい細かい文字もありますけど、今でも彫る人はいるんですよ。」

墨の製造は、例年だと11月頃からスタートして、4月頃まで続くそうです。
ーー墨はワンシーズン何個くらい作るんですか?
長野さん:「うちは、多い時でも7,000から8,000個ぐらいじゃないですかね。大手の墨屋さんだったら分業でやるので量は作れるんです。だけど、うちみたいな小さいところは、全部自分でやらなくちゃいけないから、作れる量は少ないんです。うちは一番小さい規模の墨屋ですからね。」
奈良の「寒さ」と「乾燥」が良い墨を生む
ーー朝は何時ぐらいから作業を始めるんですか?
長野さん:「朝の4時、5時ぐらいかな。」
ーーえ?そんなに朝早くから始めるんですか?
長野さん:「日中になればなるほど温度が高くなってくるじゃないですか。膠が溶けるくらいになってしまうと、手で成型できないぐらいベチャベチャになってしまうんです。だから、1日の中で一番寒い時間帯、早朝に作業をします。今は健康のために朝5時ぐらいから作業をしていますが、本当はもうちょっと早く、朝3時ぐらいから始めた方がいいとは思います。」
ーー何時までお仕事しているんですか?
長野さん:「昼か、昼過ぎに終わっちゃいます。普通の人たちの仕事時間に比べたら、半日早い感じですね。」
ーー温度が上がるとダメということは、暖房もつけずに作業するんですか?
長野さん:「よっぽど寒いときは、最初にちょっとだけエアコンをつけて、すぐに消します。温め過ぎると、何のために早起きしたかわからなくなるじゃないですか。動いていたら、とにかく汗をかくので、熱いくらいです。肉体労働ですからね。」
ーー冬の間、手荒れはどうですか?
長野さん:「もう手はボロボロですね。ひび割れしてボロボロになっているところに墨を練り込んでいるような感じだから、治らないですしね。しかも、その汚れを取らないと生活できないじゃないですか。だからタワシで手を擦るんですよ。かなりボロボロになります。」

長野さんの手。冬の製造シーズンは手全体が真っ黒になるそうです。
ーーお父さんと二人で墨を作っていらっしゃるんですね?
長野さん:「ちょっと前まではうちの親父もフル稼働していたんですけど、78歳(取材時:2025年10月)ですからね。一昨年は、親父が病気をしてしまい、私1人で製造しました。2馬力だったのが1馬力になったので、生産量は落ちましたね。今年は親父の調子は悪くないですけど、年齢を考えたら、遅かれ早かれ自分一人で作業することにはなるとは思います。」
ーー墨製造10年と伺いましたが、作業のコツはわかってきた感じでしょうか?
長野さん:「それがそうでもないんです。一番のコツは、型入れのところだと思いますが、練り方も難しいですよね。1日1個だけなら、素人でもできると思うんですけど、1日に同じものを何十個、何百個って時間内に作らなくちゃいけないですし、作って乾燥して何ヶ月かしてから、その時に初めて腕の差が出るので、結構難しいんです。」
ーー練上がりのタイミングはどこで見極めるんですか?
長野さん:「それも難しいんですよね。その場である程度分かるんですけど、もう感覚としか言いようがないです。中途半端な癖がつくと、出来上がった墨が上手く縮まなかったり、割れたりするんです。悪い例を探すと…、こんな風に、まっすぐじゃなくて、反り上がっちゃうんです。」

ーー本当だ!曲がっていますね。
長野さん:「墨として使う分には問題ないですけど、正規の商品としては省きますね。これが数ヶ月してからじゃないとわからないから難しいんです。乾燥中に曲がってくるのは、乾燥の仕方が悪い場合もあるんですけど、一番は、練り方に問題があるんですよね。ちゃんと綺麗に丁寧にまっすぐ棒にできなかったとか、型に無理やりはめ込んだとか、いろんな理由が考えられます。数か月後に曲がったのを見るとがっかりしますね。どうしてだったのか、考える時もあります。」
ーー冬、墨の製造を開始するときの、目安の温度はありますか?
長野:「特にないんですけどね…。でも、10度ぐらいだったら暑すぎるかな。気温は1桁台にならないと作業はできないですね。」
ーー私(編集部 伊藤)は奈良出身なんですが、奈良は底冷えするぐらい、冬はすごく寒いと思うんですけど、その奈良の気候が墨づくりに向いているんでしょうか?
長野さん:「それはあります。奈良って盆地なんですよ。底冷えして空気が乾燥するんです。だから墨の乾燥にとてもいい。かつ、奈良はあまり風がないから、なおさらいいんですよね。墨の製造は湿気のない、乾燥している寒い時期が一番ですから。」
ーー寒さでいうと、東北地方も墨づくりに向いていそうですが、なぜ奈良なんでしょうか?
長野さん:「生の墨の中に水分が入っているから、寒すぎると凍っちゃうんです。マイナスの気温になりすぎると今度は逆に難しいですね。奈良で墨づくりがこれだけ出来てきたのは、歴史的に奈良に都があったからとか、墨が必要だったからっていう背景があって、奈良から近畿地方に広がっていったっていうのもあります。」
斜陽産業でも墨屋を継ぎたかった

ーー改めて、長野さんのこれまでの経歴を教えてください。
長野さん:「大学を卒業してから就職のために奈良を出て、東京の外食産業に就職しました。大学生の時に奈良で飲食店のアルバイトをしていたからっていう、すごく浅い理由なんですけどね。就職した会社はすごくいい会社だったんです。イギリスのパブ文化が楽しめるお店で、現場の店長をやったり、エリアマネージャーをしたり、課長をやったりしました。最終的には新規の業態全部を任せてもらったような感じです。17年間お世話になりました。」
ーーやはりお酒はお好きですか?
長野さん:「私の専門はお酒ですね。ウイスキーが大好きなんですよ。学生の時から好きで、ウイスキーの本場、スコットランドに行って、バックパッカーみたいなことをしながら、いろんな蒸留所を回ったこともありました。」
ーー外食産業で17年間もお仕事されたのに、どうして辞めてしまったんですか?
長野さん:「会社には本当に大事にしてもらいましたし、責任あるポジションも任されて充実していましたね。けど、やっぱり、元々は奈良で生まれて育って、小さい時から親父が真っ黒になって働いているのを見ていましたし、普通にそれで食べさせてもらっているっていう認識もあったので、遅かれ早かれ、自分も一回外には出るけど、また戻って墨の仕事をして家族を食べさせていくんだろうなって思っていたんですよ。でも、戻ってくる話をした時に、親父には大反対されました。」
ーーなぜ反対されたのでしょうか?
長野さん:「親父が反対する理由ははっきりしていました。食べていけないからですよね。錦光園自体じゃなくて、もう墨の業界自体がダダ下がりの状態で、廃業が続いている中で、食べていけるわけないっていう話です。その時初めて『そもそも(工房を)畳むつもりだ』って聞かされました。実際、いろんな資材とか捨てたり売ったりしていて、物がないような状態になりかけていたんですよ。『いや、戻る』、『いや、戻るな』って1年ぐらい揉め続けました。」
ーー普通は逆ですよね?
長野さん:「そうですよ。戻るって言っているんだから、喜んだらええやんと思うじゃないですか。でも、今となっては分かります。どれだけしんどくて食べていけないかっていう厳しさが。その時はもう結婚していましたし、親父も自分が勤めていた会社のことをすごく気に入ってくれていたので、『会社で大事にされて、いいポジションも与えられて、給料もしっかりあるのに、何で辞めて戻ってくるんだ、意味がわからん。』っていうのが親父の言い分でした。」
ーーごもっともですね。
長野さん:「結局1年ぐらい揉め続けて、最終的には親父が折れたんですよ。会社に対しては、奈良に戻りたいという話はしていましたし、10年以上お世話になった御恩があるから、次のタイミングが来るときまで、その後、3、4年はそこで働かせていただいて、39歳の時に戻って来ました。」
ーー墨の業界が斜陽産業だと知りながら、順風満帆な仕事を辞めてまで、実家に戻って墨づくりをしようと思ったのはなぜでしょうか?
長野さん:「それは伝えたいからですよ。いままでずっと、1,400年以上も前から続いてきた墨づくりを自分たちの代で失くしてしまうのはちょっと無責任かなと思って。残したい、伝えたいっていう思いだけです。」
ひたすら墨づくりに打ち込みたい

ーー最初はどんな風に教わったんですか?
長野さん:「教えてもらっていないです。うちの親父、昔の人だから見て覚えたらっていう感じだったから。自分も子どもの時から墨を作っていたし、なんとなくやり方はわかっていましたけど、さらに親父のやり方を見てなんとなくやってきた感じです。」
ーー試行錯誤の連続だったでしょうね。
長野さん:「出来上がった墨を見たら一発で良し悪しが分かるんで、もうちょっとこうしてみようかなとか、それを繰り返す感じですね。他の職人さんが墨づくりをしている様子を見学し、『こうやってやるんだ!』って勉強になるときもあります。」
ーー長野さんは、今後、どんなことを目指して墨づくりをしてきたいですか?
長野さん:「何かを目指すとかじゃなくて、今までうちの親父とか、おじいさんとかが、墨づくりで自分を食べさせてくれたのと同じで、子どもたちや家族を食べさせていければ、それでもう十分です。それ以上は望まないですし、会社自体を大きくするつもりはないので、売上も含めてゴールは決めています。そこに至ったら、もうそれ以上は広げるつもりはありません。仮に、そこから超える分の売上があったとしたら、墨の啓発活動費とか、ボランティアでやっている小学生への墨づくり体験に回せばいいと思っています。60歳になった時に、自分のペースで墨づくりをしていたいんですよね。まだまだ墨づくり下手なので、もっと練習したいなと思っています。」
【編集後記】

「にぎり墨体験」は、墨のことをより多くの人に知ってもらうため、長野さんのお父さんが始めた体験です。墨の説明を始め、実際に生の温かい墨を触り、握ってもらうことで、墨の「香り」や「やわらかさ」、「温かさ」を体験してもらい、墨のことを知ってもらいたいと始めたそうです。にぎり墨の体験は、海外からの観光客にも人気があるとのことでした。体験を希望する場合は、事前予約をお願いしますとのことです。さて、私自身は、小2から中3まで書道を習っていましたが、墨が煤と膠と香料で出来ていることを今回初めて知りました。書道は気軽に始められる日本の文化ですよね。今回の取材を通し、改めて、もう一度書道を始めてみたくなりました。
ものづくり新聞 小柴寿美子
私は油断していました。墨の工房は当然煤だらけです。そんな工房にお伺いするのに、汚れたらまずい服装でお伺いしてしまいました。
これまで、あらゆる種類の工場を訪問してきましたが、金属クズ、油、繊維クズ、木クズなど工場にはさまざまなものが落ちていたり舞っていたりします。しかし、その中でも今回は見事に真っ黒な工房でした。
ある小規模金型メーカーの方とお話ししたときに、「日中加工しているときは手が油で汚れているので、パソコンなんか触れない」ということをお聞きしたことがあります。やはり、工場はそういう場所なんだなということを今回も再認識しました。
今後、取材のときにはものづくり新聞の作業着を準備しなければならない、と思っています。
ものづくり新聞 伊藤宗寿
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