ヒトを訪ねて

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2025.12

松煙煤の製造にトライする職人。伝統の墨「松煙墨」を守るために/奈良 錦光園【前編】

2025年12月5日 公開

写真提供:錦光園

書道といえば小学校の書道の授業で習うものという印象があるかもしれません。現代の小学校の書道セットには「固形の墨」が入っていたり、入っていなかったりしているそうです。それは、「書道液」という、汚れても洗濯で落ちやすいタイプの墨汁を使うことが多いからです。今の子どもたちの中には、固形の墨を、見たことも使ったこともないまま、墨汁は洗えば落ちるという認識で育つ子が少なくないのかもしれません。

明治時代に発明された「墨汁」ですが、それ以前は伝統的には固形の墨が使われていたそうです。この「固形の墨」、いったい何からできているでしょうか?

正解はこちら!なんだかわかりますか?

煤(すす)です!固形の墨は、この煤と、膠(にかわ)と、香料を練り合わせて作られています。膠は動物の皮や骨などに含まれるゼラチンを原料とした天然の接着剤で、古くから紙や木などを接着するのに用いられてきました。このような伝統的な墨づくりに使われる煤は2種類。菜種油やごま油など、植物性の油を燃やしてできる煤「油煙(ゆえん)」と、赤松を燃やしてできる煤「松煙(しょうえん)」です。油煙で作る墨は「油煙墨(ゆえんぼく)」、松煙で作る墨は「松煙墨(しょうえんぼく)」と呼ばれ、昔ながらの伝統と技法により、1つ1つ手作業で作られています。

しかし、今、その「松煙」を作る専門の職人は、全国に1人だけ。国産の松煙が手に入らなくなってしまえば、1,000年近く続いてきた国産の「松煙墨」の製造は、いつかは途絶えてしまうかもしれません。待ったなしの危機的状況の中、国産の松煙を自分で製造しようと立ち上がった墨職人がいます。2025年10月、その松煙の製造が始まったと伺い、工房を訪ねました。

いざ、松煙製造の工房へ

自然豊かな山里、奈良県東吉野村にやってきました!この日はあいにくの雨でしたが、晴れた日は鮎釣りをする人の姿を良く見かけるそうです。

松煙の製造を始めたばかりの工房です(写真下)。工房を開所できる場所を探していた所、東吉野村にあった元材木屋の空き倉庫と出会い、借りることが出来たそうです。

この工房でただ一人、松煙づくりに励んでいるのは、長野 睦(ながの あつし)さん、48歳です(取材時:2025年10月)。長野さんは、奈良市内で墨製造を行う墨屋「錦光園(きんこうえん)」の7代目。長野さんに、墨の原料である松煙を自ら作ろうと思ったきっかけや、墨業界の現状などについてお話を伺いました。

長野さんは、大学を卒業後、東京の外食産業へ就職。約15年間勤務したのち、10年前、実家の後を継ぐため、奈良へ家族と共に帰郷。6代目の父親には「廃業するつもりだから戻ってくるな」と反対されたそうですが、墨づくりを生業にする家で育ったからこそ、いつかは墨づくりを仕事にするのだと思っていたと言います。ウイスキーの本場、スコットランドで蒸留所巡りをした経験があるほどのウイスキー好き。(取材時:2025年10月)

ーー墨の製造は分業だと伺っています。固形墨を作る職人の長野さんが、墨の原料である「松煙」の煤も自分で作ろうと思ったきっかけは何だったんですか?

長野さん:「7、8年前(取材時:2025年10月)、もしかしたら、今後、国産の松煙がなくなっていくのではという状況をわかった上で、松煙を製造している職人さんを取材させてもらったことがあるんです。墨の原料である煤は、松煙にしても油煙にしても、それだけを専門に作っている事業者さんは、ほとんどいないんです。特に松煙を作る職人さんは、国内に1人しか残っていません。それを取材させてもらって、『松煙は大事だ』って自分で紹介しておきながら、自分たちの代でなくしてしまうのは、ちょっと無責任かなと思ったんです。『いつかはなんとかしなきゃいけない』と思っていました。ここ数年、本当にこのままではまずいと思って『松煙を残したい、伝えたい』という思いだけで始めました。」

現在、日本の墨業界には、それほどたくさんの職人さんはいません。48歳の長野さんは、その中で若手に近い年齢なのだそうです。

ーー原材料がなくなるとなると、もはや墨づくりは継続できないですものね…。

長野さん:「そうなんです。日本全国には約10社程度の墨屋さんがあるんですけど、そのうち8社は奈良にあるんです。8社の内一部は私たちのように家族経営の小さな墨屋です。家族経営の小さな墨屋に煤の在庫はないので、墨を作りたいと思った時に材料がなかったら、私たちみたいな同業者も本当に困ると思うんですよね。」

原料は良く燃える「赤松」

長野さん:「これが松煙の材料になる赤松(あかまつ)です。オレンジっぽい部分があるじゃないですか。この部分を『ジン』っていうんですけど、すごく脂がのっている部分なので、良く燃えるんです。このジンが多く含まれている赤松を、木こりの人が山の中から取ってきてくれるんです。結構いい値段はしますが、1キロいくらという感じでやりとりしています。」

長野さん:「赤松は着火剤として使われている木なので、バチバチいいながら燃えますよ。ちょっと燃やしてみましょうか。黒い煙が出ているのは見えますか?この黒い煙が、煤になるんです。」

ーー木の外側を見て、ジンが多い赤松が分かるんですか?

長野さん:「木の外側というより、木がある場所だそうです。赤松は特に珍しい木というわけではないので、日本全国いろんなところにあります。ただ『ジン』がいっぱい含まれる赤松は、山の上の方にあるので、取りに行くのが大変なんです。」

ーーどうして山の上の方にあるんですか?

長野さん:「山の上の方は、下よりも風が強く当たるじゃないですか。強い風が吹くと、木は、ちぎられるほど揺れるわけです。そうするとあちこち傷がついて、その傷をなんとか治そうとして、そこに樹液や油分が集まってきます。特に枝の付け根部分は、脂がすごく多いと聞いています。木こりの人は、山の所有者さんの了解を得た上で山に入って、完全に朽ちた赤松を選んで、その中でもジンが多い部分を見つけて拾ってきてくれるんです。」

長野さん:「地面から生えている赤松の木の荒肌に傷をつけ、滲み出た松脂(まつやに)を含んだ部分を削り取ったり、そぎ取ったりする作業を「斫り(はつり)」といいます。この技法で使う赤松は『生松(いきまつ)』と言って、油のことは『生松(いきまつ)精油』って言うんです。昔は生松を使っていましたが、今は『落ち松(おちまつ)』。完全に朽ちた『落ち松』だけを使っています。ちなみに、赤松はマツタケが採れる木でもあるんですよ。」

独自で開発した「松煙製造装置」

松煙を自分で作ろうと思った長野さんは、2024年、松煙を製造する装置をつくるため、クラウドファンディングを立ち上げました。私財で足りない部分を一般の方に支援してもらうことで「墨づくりを知ってもらいたい、興味を持ってもらいたい」という思いもありました。

最初の目標金額は100万円。しかし、実際には600万円必要なことがわかりました。ネクストゴールを400万円と決めた長野さん。再度支援を呼びかけたところ、676人から支援を受けることができ、目標金額を上回る資金を集めることができたそうです。

ーーこれが松煙を製造する装置なんですね。

長野さん:「はい。特注で作るから高いんです。軽トラ1台分ぐらいします。構造的には、装置の枠は鉄で出来ていて、外側に網目の大きい網、内側に防火シート、その真ん中に細かい網目のメッシュ網を張った三重構造になっています。細かいメッシュ網で煤が止まる感じです。この中に入って煤を集めるので、装置の高さは自分の身長に合わせて作りました。」

ーー装置の中にある山は何ですか?

長野さん:「この山は赤土で作ったかまどです。赤松を燃やすときに空気がたくさんあると、ゴウゴウと燃えるので、可能な限り、この赤土で空間を閉じて、空気を少なくするために作りました。」

長野さん:「もう一つは、赤松は油がのっているので、燃やしているとき、モンスターが跳ねるかのように火の粉が飛んでくるんですよ。天井まで届くぐらいの火の粉もあるので、このトンネル部分は、それをある程度防ぐという役割もあります。」

ーーお札が貼ってありますが、何かご祈祷をしてもらったんでしょうか?

長野さん:「この先に丹生川上神社(にうかわかみじんじゃ)という、すごく有名な神社あるんです。たまたまですけど、水の神様なんですよね。火を扱うし、火事にならないようにと思って、ここまで出張で来てもらい、お祓いをしてもらいました。」

そんなに簡単には作れない。試行錯誤の連続

ーー実際にやってみてどうですか?

長野さん:「10月9日(取材時:2025年10月)から始めて、今日が3回目です。1回目は約1週間試行錯誤してみましたが、水は溜まるわ、高温になりすぎるわ、いろんな問題が明らかになって、これはまずいと思いました。」

ーー失敗の原因として、何が考えられますか?

長野さん:「煙を逃がしたくないと思っていたので、とにかく密封、密閉し過ぎてしまったんだと思います。水蒸気が逃げないから、中に水が溜まってしまい、その水に煤がさらわれてしまったような感じです。庫内が全部錆びてしまったのもそのせいだと思います。」

装置の枠部分である鉄が、赤く錆びた状態になっていました。

ーーそういえば、この装置、煙突がないんですね。

長野さん:「木をくべるところを開けているから、空気は通るだろうと思って、煙突は付けなかったんです。だけど水蒸気は空気より軽いので、上に行くじゃないですか。だから、結局上の方に水が溜まってしまうんですよね。それに気づいて、さっき、ちょっと工夫してみたんです。ここから登ってもらったらわかると思うので、見てみてください。」

ーー真ん中に黒くて四角い箇所があります。

長野さん:「黒い部分は、さっき、中に入って破ったところです。最低限、空気の逃げ場がないとダメだとわかったので、煙突代わりに開けてみました。この状態でやってみたところ、水蒸気がある程度上に逃げていったんで、いけるかと思ったんですけど、それでも水滴が残るんですよね。まだまだ改良しないといけません。」

ーー黒くなっているのは、そこに煤が集まって来たということですか?

長野さん:「水蒸気と一緒にその煙も上に上がっていくから、黒くなるんです。火がついて、赤松が燃える時に黒い煙が出たら、まさにそれが煤です。でも、白い煙だったらダメなんですよね。そうなると、もうちょっと火を大きくしていますが、それが合っているのかすら、実際のところは、よくわからないんです。今のところはなんとなく感覚でやってます。」

ーー答えがないときの試行錯誤はしんどいですよね。

長野さん:「やっぱりしんどいですね。自分一人しかいないですしね。1日、6~7時間くらいずっと燃やし続けなくちゃならないんです。しかも、2~3分に1回、小さくカットした赤松をくべながら、ひたすら燃やし続けています。」

ーー赤松をある程度くべたら、放っておくことはできないんですか?

長野さん:「無理です。赤松をガンガン入れたら結構燃えるんですけど、燃え過ぎはダメなんです。完全燃焼し過ぎると、何も残らないんです。くすぶらせるような感じの燃やし方をしないと、一酸化炭素は発生しないので、煤ができないんです。完全燃焼させないぐらいのペースを保ったまま燃やし続けなくてはならないので、根気だけはいりますね。」

装置の内側についた煤。煤は軽いのでふわふわ浮きながら内側につくそうです。

約7時間燃焼しても採れる煤はたったの数グラム

ーー1日にどのぐらいの煤の量が取れるんですか?

長野さん:「1日6~7時間燃やし続けて採れた煤の量は10グラム。そんなものでした。15キロの赤松を1週間以上かけて燃やしてみたんですけど、毎日取れた煤をかき集めても100グラムでした。

ーーそんなに少ないんですか!

長野さん:「今はまだ試行錯誤中なので、鉄サビとか、木くずのような、いろんなものが入っちゃっている状態です。これは多分使い物にならないなと思っています。」

長野さん:「ちなみに、15キロの赤松を燃やした場合、予想では50分の1の煤は取れると聞いています。つまり、15キロで300gの煤、単純に今の3倍は取れるはずなんです。なので、今はかなりロスしている可能性が高いですね。」

長野さんのノート。試行錯誤の様子が伝わってきます。

ーー仮に順調に煤が採れるようになったとしても、15キロで300gでは、かなり少ないですよね?

長野さん:「はい、元々、1基だけでは量が取れないことはわかっていました。クラウドファンディングの時も、2基入れる予定で資金を集めました。今後2基目を入れるところまでやりたいなと思って動いているんですけど、鉄工所から装置の完成までには3週間ほどかかると言われたので、12月までには間に合わせたい感じですね。(取材時:2025年10月)」

装置の内側についた煤を刷毛と塵取りで集めている様子。昔は「障子焚き(しょうじたき)」といって、障子で囲った中で赤松を燃やしていたそうです。中で煙がモクモク上がっていくため、障子の内側に煤が付き、それをはたき落として取っていました。障子だと燃えそうで怖いので、障子の代わりに鉄を使った装置にしたということです。

ーー今後は煤のクオリティを求めていく感じでしょうか?

長野さん:「松煙の質をひたすら追い求めたいかというと、そういうわけではないんです。昔から続いているものを続かせていきたいという思いだけなので、ひとまず、煤ができればいいんです。日本の松煙という技術をこれまでつなげてきてくれた人たちがいるので、今、自分なりに松煙を作っていたら、この先、10年、20年つなげていけると思うんですよ。自分はそのつなぎでいいんです。」

急遽「油煙」づくりもスタート

ーー来年(2026年)からは2基体制で、松煙の製造ができるかもしれないところまで来たわけですね。

長野さん:「はい、それはもう確実にやります。冬場は墨の製造がスタートしますから、12月頭までには何とかしたいなと思っています。ただ、本業の方もなかなか大変で…。実は材料がなくなりそうなんですよ。」

ーー材料がなくなりそうって、どういうことですか?

長野さん:「実は、1ヶ月ほど前、急に油煙も自分たちで作らないと墨の製造ができないかもしれないという状況になってしまったんです。松煙墨を作るために松煙を作ろうとしていますけど、松煙墨の製造は、うちでは2~3割程度。残りの7~8割は油煙墨なので、どちらかというと、油煙が手に入らなくなる方が、うちとしては廃業に追い込まれるぐらい衝撃的なことなんです。これはまずい!となって、急遽、半月ぐらい前に、油煙もここで作ることを決めました。いま、地元の大工さんにお願いして、油煙を作るための装置も作る予定で動いています。」

ーーえー!松煙だけではなく、油煙づくりもスタートすることになったんですね!

長野さん:「そうでもしないと、うちはもう生き残れないです。うちは家族でやっている小さい墨屋なので、その年に製造する墨の材料を、その直前に事業者さんから仕入れてきたんです。今回、油煙が仕入れられない状況になりそうなので、今、本当にめっちゃ焦っています。」

ーー油煙はどうやって作るんですか?

長野さん:「松煙は赤松を燃やしますが、油煙は植物の油を燃やして煤を取ります。お皿に油を入れて、下から灯芯(とうしん)で油を燃やします。そうすると、灯芯の先から煙が出てくるので、その煙の上に丸みのあるお皿を被せると、そこに煤が付きます。それがワンセット。それを何十個も並べて油煙を取ります。」

ーー煤そのものにはどんな違いがありますか?

長野さん:「油煙は、精製している純粋な油を燃やすから、きめ細かい粒子の綺麗な煤ができます。色もはっきりした黒色になるんです。松煙は、赤松を燃やすから、木の幹とか皮の部分とか、油分じゃないものも燃やすじゃないですか。だから、粒子が安定しないので、煤自体が凸凹しているんです。そのため、反射しあって、青っぽかったり、グレーっぽく見えるのが松煙です。」

ーー特徴を活かして使い分けているんですね。

長野さん:「日本人は、黒色がはっきりしている油煙の方が好みのようです。奈良の興福寺(こうふくじ)で、初めて油煙墨が作られました。奈良は京都に対して南の都で南都と言いますけど、『南都油煙墨(なんとゆえんぼく)』という名称で爆発的に全国的に広がっていったようです。」

ーー逆に言うと、それまでは松煙墨しかなかったということですね。

長野さん:「そうです。12世紀頃に中国で油煙が開発されるまで、2,000年ぐらい前からずっと松煙墨でした。日本は約300年遅れで、15世紀に油煙が作られるようになりました。そこから日本は油煙墨と松煙墨の二本立てで、墨が作られるようになった感じです。」

ーーそうなると、正倉院展にある文書とか木簡とかは、全部松煙墨で書かれているということになりますよね?

長野さん:「正倉院に展示されている墨は約1300年前のものですよね?その時、油煙墨はないから、松煙墨で書かれたものでしょうね。松煙は墨の始まりの材料ですから。

煤づくりは墨づくりに打ち込むための第一歩

ーー煤が採れるようになった後の展開は、何か考えていらっしゃいますか?

長野さん:「その先の展開は、どうなるかわからないですけど、例えば、しっかり煤が採れるようになったら、煤単体でも販路開拓できるようにして、東吉野村の産業になるような形に持っていければいいなと思っています。

ーー煤が必要な業界は、他にもあるんですか?

長野さん:「花火ですね。線香花火とか。あとは染め物。着物でも昔から『松煙染め』ってあるんですよ。真っ黒というより、グレーに染まる感じです。煤を使わせて欲しいという人は、クラウドファンディングをやっている頃からいました。」

ーー建築業界はどうですか?建築だったら、例えば漆喰に煤を混ぜたら、消臭効果のある黒い壁ができるかもしれません。ものづくり新聞編集部のスタッフが、煤で黒いタイルに使ったらどうだろうと言っていました。真っ黒でカッコいいタイルができるかもしれませんよ。

長野さん:「そうですね。新しい分野へのアピールも、ちゃんと考えていきたいですね。今の時代、作っている場所、人、自然由来のものかどうか、そういうモノの背景的なものが求められる世の中だと思うので、話題性にはなると思うんですよね。」

ーー長野さんが作る煤には、ブランディングのためにも、何か名前をつけた方がいいですよね。

長野さん:「名前は決まっています。奈良は大和の国ですから、シンプルに奈良の煤で『大和松煙(やまとしょうえん)』です。煤を作るのも出来た煤を販売するのも初めてだから、商売をもう一つ抱えてしまったみたいな感じですけど、黙々と赤松を燃やしているときは、時間はたっぷりあるので、いろんなことを考えながら、燃やしています。」

ーーいいですね!メラメラと闘志を燃やすようで。煤づくりはある意味、新規事業ですものね!

長野さん:「そうなんですけど、それで儲けたいというわけではないんです。すでに墨製造の売上や利益の上限も自分で決めています。会社が大きくなってきたら、人を雇わなくちゃいけないし、組織になるじゃないですか。前職の外食産業では、自分の部下がたくさんいるような中で働いてきたんですよ。その仕事は好きでしたし、会社に大事にしてもらいましたけど、せっかく故郷の奈良で、自分の家業として仕事をするのであれば、こぢんまりやりたいなと思うんです。」

ーーそれはどうしてですか?

長野さん:「それ以上やると、いろんなストレスが絶対溜まってくると思うからです。だから、営業活動をガツガツやらなくてもいいから、その分、自分のペースでやりたいと思ったんです。家族が生活していける分の売り上げがあればいいから、これまでも、そこから上は大きく望まずにやってきました。仮に、そこから超える分の売上があったとしたら、墨の啓発活動や、小学生への墨づくり体験に回していければいいかなという感じで。」

長野さん:「私の最終的な目標は、ひたすら墨を作ることです。職人として墨づくりが上手くなりたいですから。業界の人に比べたら、もう10年、20年遅れて入ってきているので、下手なことはわかっているんです。自分が60歳ぐらいになったときに、墨づくりに黙々と向き合える状況になればいいなと思っていますが、自分が墨をつくりたい時に材料がないなんていうことになってしまうのであれば、今、自分ができることはやらなくちゃいけないと思うんです。そのためには、早く軌道に乗せたいですね。」

錦光園 https://kinkoen.jp/

【編集後記】

設備の中に入って煤を収集する際、煤を吸わないよう、長野さんはゴーグルとガスマスクを付け、フードを被って作業しているそうです。また、外のゴミが中に入らないよう、長靴は設備内専用として使っているそうです。長野さんのお話を伺いながら、これまで1,400年もの間、墨づくりを繋いで来てくれた先人たちへの尊敬の念と、墨づくりへの愛情を感じました。

ものづくり新聞 小柴寿美子

今でも、日本は文房具大国です。特に筆記用具は日本初のものがたくさんあります。シャープペンシル、フリクションボールペンなど、日本人は古くから書を大切にしてきました(参考)。それは、日本はたくさんの木と水に恵まれており、紙をたくさん作る環境があったことも忘れてはなりません。紙を使って「書」だけではなく生活のさまざまな道具を紙で作ってきました。

正倉院展では、1,000年以上前に紙に書かれた戸籍簿や税金台帳といった古文書がたくさん展示されています。記事中にもありますが、それはおそらく松煙墨で書かれています。私たちのこのデジタル記事は1,000年後に誰かに読んでもらえるでしょうか?(笑

自然の赤松から煤を作るということは、原材料のバラツキが大きく、かつ不完全燃焼させないと煤が生成されないわけですので、難易度も高く、かつ危険な作業でもあります。遠い昔から書を書くために必死に松煙墨を作り続けてきた先人の努力の賜物です。

大学の研究者様、新たな分野で煤を使ってみたい事業者様、ぜひ一緒に活動しませんか?

ものづくり新聞 伊藤宗寿

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