ヒトを訪ねて
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2026.03
靴クリームがインテリアに!靴磨きを極上のライフスタイル体験へ/株式会社谷口化学工業所

2026年3月23日公開

(写真提供:谷口化学工業所)
ビジネスのカジュアル化や在宅ワークの増加もあり、革靴を履く人は年々減っています。今や革靴は、愛好家のための趣味の逸品になりつつあるのかもしれません。そんな中、2026年1月、墨田区にある日本最古の靴クリームメーカー、株式会社谷口化学工業所が、インテリア性の高いユニークな商品を発表しました。それがこちら!「Lion Heritage Shine Chest(ライオン ヘリテイジ シャイン チェスト)」です。

(写真提供:谷口化学工業所)
2026年1月、谷口化学工業所は、この商品を目玉商品に掲げ、フランスのパリで開催された欧州最大級のインテリア・デザイン見本市「Maison & Objet (メゾン・エ・オブジェ)Paris 2026」に初めて出展。靴クリームを10万円(税別)のインテリアとして発表したんです。今回は、伝統ある靴クリームの製法を守りつつ、世界に向けたものづくりに1歩踏み出した、谷口化学工業所にお話を伺ってきました。
え?これが靴クリーム!?
墨田区で靴クリームを作り続けてきた谷口化学工業所。「ライオン靴クリーム」で知られる、創業1910年の老舗メーカーです。

出迎えてくださったのは、代表取締役の谷口弘武(たにぐち ひろむ)さん。父・潔(きよし)さんから経営を引き継ぎ、2020年に5代目の社長に就任しました。自然由来の原料にこだわった靴クリームの開発や、木工塗料といった新分野にも挑戦しています。早速、フランス・パリで行われた「メゾン・エ・オブジェ」に出展した感想などを伺いました。

谷口弘武さんは大学卒業後、IT企業に5年間勤務したのち、2017年、家業である谷口化学工業所へ入社。靴クリームの製品開発を担当し、より品質を高めた靴クリームの製造に取り組んできました。映画「ターミネーター」が好きで、趣味は筋トレという37歳。(取材時:2026年2月)
ーーパリの展示会はいかがでしたか?
谷口さん:「すごく良かったです。自分の常識が覆されました。『メゾン・エ・オブジェ』は日本のギフトショーの大規模版のような展示会ですが、5日間のために何千万円もかけたブースが並んでいるんです。ブランディングへの本気度に衝撃を受けました。」


谷口化学工業所が、世界的なデザイン見本市「Maison & Objet (メゾン・エ・オブジェ)Paris 2026」(2026年1月15~19日)に出展した時の様子。 単独で海外の展示会に出展するのは初めてだそうです。(写真提供:上2枚、谷口化学工業所)
ーーとてもいい経験になったんですね!バイヤーさんたちの反応はいかがでしたか?
谷口さん:「反応もすごく良かったですね。やっぱりこの照明部分の靴クリームをパコンって外す瞬間とか!まさか、ここが靴クリームになっているとみなさん思っていないので、そこで笑顔になってもらえました。」


靴クリームと照明を融合させた新商品「Lion Heritage Shine Chest(ライオン ヘリテイジ シャイン チェスト)」。通称「チェスト」。(写真提供:上2枚、谷口化学工業所)
ーーこのチェスト、本当に凄いですよね!照明部分に靴クリームだなんて、よく考えましたね~!
谷口さん:「弊社では、朝礼で『人の心を動かす製品とサービスを提供する』というミッションを掲げているんですが、このチェストは、まさにそれを体現した商品だと感じました。この商品を購入して下さった方が、照明から靴クリームを外して『これ靴クリームなんだよ』とお客様を驚かせる。そんな光景を想像するだけで嬉しくなります。」

照明の傘部分に磁石が埋め込まれ、靴クリームの蓋である缶がくっつくように設計されています。傘部分に埋め込まれたLEDの特殊照明によって、優しい明かりが灯されます。
ーーお値段は10万円(税別/取材時:2026年2月)と高額ですが、お客様の反応はいかがですか?
谷口さん:「実は、すでに日本では購入してくださった方もいます。靴磨きが好きというだけでなく、生活の質を高めたいという思いから、自分へのご褒美として選んでくださっているのではないかと思いました。海外ではこれからですが、店舗での扱いだけでなく建物施設の備品として扱いたいというお話も出てきておりまして、靴クリームだけを作っていた頃には想像できなかった可能性が広がって来ました。」
需要減の時代に芽生えた疑問「500円でいいのか?」
ーーこの商品を作ることになったきっかけは何だったのでしょうか?
谷口さん:「まずはそこに至るまでの経緯からお話しますね。こちらは2018年、500円の価格で販売していた靴クリームです。革靴を履く人が減少している中で、今後はどんどん靴クリームの需要も減っていくわけじゃないですか。本当にこれをやり続けることは正解なのかっていうのを、私自身、ものすごく疑問として感じていました。」

谷口さん:「入社して2年目(2019年)に、『靴磨きが好きな方たちに向けた製品を作ろう』と開発したのがこちらです。『Excellent(エクセレント)』という名前の靴クリームで、原料の質を高め、何を使っているかをきちんと開示する形にして、値段を800円にしました。」

ーー原料の質を見直して、500円から800円に値上げしたわけですね。
谷口さん:「当時の自社製品はほとんどが500円前後だったので、800円という価格でもかなり思い切った設定でした。その後、『手作業にこだわってきた背景をきちんと伝え、付加価値に見合った価格にした方がいい』と多くの方から助言をいただきました。」
質の良い原料にこだわり2,000円台へ
谷口さん:「2022年からタイの展示会に参加し、2023年には台湾での販売も始めました。物流費用を考えると 800円じゃ到底出せませんから、海外では 2,000円ぐらいで販売したんです。でも、『高い』という反応は全然なくて、逆に『そのくらいの値段なんですね』という反応でした。海外展開を通して、価格を上げるだけでなく、製品の完成度を高め、しっかり投資できるものづくりを目指すべきだと考えるようになりました。」

ーーどんな風に製品の完成度を高めていったんですか?
谷口さん:「原料としては結構ニッチなものになってしまうんですが、科学的なものではなくて、自然由来のものを中心に配合するようにしました。靴クリームは、油脂と水と、有機溶剤というちょっとガソリンっぽいものと、ロウ、この4つの原料で作られています。中でもツヤを生むのがヤシの葉っぱから採れる高級ロウ『カルナバワックス』です(写真下)。」

「カルナバワックス」は、ブラジルに自生するカルナウバヤシというヤシの木の葉っぱから取れるロウのこと。別名「カルナバロウ」とも言われます。直射日光が強いブラジルでは、ヤシの木に自衛本能が働き、葉っぱの表面にロウがにじみ出て、葉っぱをコーティングすることで暑さから身を守るのだそうです。トロリとしたツヤと美しい光沢が特徴です。
谷口さん:「また、油脂にもこだわりました。以前は化学的な油脂を使っていましたが、今は『椿オイル』を採用しています。椿オイルは浸透性に優れ、ベタつきにくく、抗酸化作用もあり腐りにくいオイルです。地元に根差した企業でありたいという思いもあり、墨田区の株式会社黒ばら本舗さんから仕入れています。」

靴クリームの原料はこの4つ。左から油脂、水、有機溶剤、ロウ(カルナバワックス)です。谷口化学工業所で扱っている油脂は、椿オイルを含めて7種類ほど。写真上左の油脂は「ラノリン」という羊毛から得られる天然の油脂だそうです。
パッケージを刷新!選ばれる一瞬にかける
谷口さん:「 このライオンが描かれているパッケージ(写真下・左)。私は結構好きなんですけど、店舗で販売することを考えた時、ライオンに何か関係のある靴クリームだということしか伝わらないと思いました。お客様が興味を持つか持たないかは、0点何秒の世界、パッケージで決まるので、全ての製品に日本の国旗を付けました(写真下・右)。」
ーーなるほど!日本製をアピールしたわけですね。
谷口さん:「実際、日本製という時点で、海外ではかなり興味を持ってくれる方が多かったです。その多くが百貨店のバイヤーさんでした。」

「ライオン靴クリーム」の名は、1902年に上野動物園へ初めてライオンが輸入されたことに由来します。文明開化の明治期、海外から多くの動物が来日し、靴クリームも輸入品が主流でした。日本初の靴クリームを印象づけるため、覚えやすい「ライオン」の名を付けたそうです。
谷口さん:「また『箱入り』を採用したんですが、靴クリームの業界だと、中の色が見えないという理由で、箱入りはほとんどの会社さんがやっていない販売スタイルなんです。利点は、靴を磨くための道具(クロス)も同梱できること。これも付加価値の1つにしようと考えました。」

谷口化学工業所の靴クリームは、全て手作業で製造されています。手づくりの良さや原料へのこだわりなど、ものづくりの背景についても販売パートナーである小売店さんに理解してもらい、箱の中身が必ず分かるような陳列の工夫をしてもらっているそうです。

(写真提供:谷口化学工業所)
谷口さん:「ちなみに今、ライオン靴クリームは1個2,200円(税別)で販売しています。 元々の 500円から 800円になり、2,200円。ヨーロッパでは、日本円で 4,000円くらいで販売しました。パリの展示会で、実際に扱いたいと言ってくれた方は、財布やバッグといった革小物を扱っているお店の方でした。イタリアとベルギーの方だったんですが、ヨーロッパは地続きだから、いろんな国の方が来やすいみたいです。」
破棄されていたエゾジカの脂を活用!サステナブルな逸品

(写真提供:谷口化学工業所)
ーー革小物をケアするクリームもあるんですね!これにはエゾジカの脂が使われているんですか?
谷口さん:「はい、北海道のエゾジカの脂をアップサイクルして使っています。部位的にいうと、内臓脂肪や皮下脂肪の部分、あとは皮を剥いた時に出る脂ですね。エゾジカの脂は、動物性の割にベタつきが少なくて植物性の油に近い性質があるんです。これまで、ほとんど破棄されていたそうですが、今はこのエゾジカの脂をヘアオイルなどに利用する北海道の会社さんもあるんです。」

「自然から作った革用シリーズ」は、2023年、墨田区の優れたものづくり商品を区が公式に認定するブランド「すみだモダン」にも選ばれています。
ーーエゾジカのお肉はジビエ料理が思い浮かびますが、脂も色々な活用方法があるんですね!
谷口さん:「エゾジカの肉は食用として利用される割合がまだ7%ほどで、多くは焼却処分や放置されているのが現状のようです。自分たちはせっかく油脂を扱う仕事をしているので、捨てられている脂を活かせないかと考えました。今は、浅草の革問屋さんを通じて、北海道で精製されたエゾジカの脂を仕入れています。獣脂の第一次精製は工業用に使えて、もう一回漉す第二次精製は化粧品に使えるそうです。うちはどちらでも大丈夫なので、あるものを供給していただいています。」
ーーそもそも、原料を自然由来へ転換しようと思ったきっかけはなんだったのでしょう?
谷口さん:「この製品を本格的に販売したのは2020年、コロナ直前でした。業界に入ったばかりの頃、『自分が靴クリームを買うならどんな情報を知りたいか』を考え、製造背景や原料を公開することで、お客様に興味を持ってもらえる製品を作りたいと思ったのがきっかけです。当時はサステナブルという言葉が広まり始めていましたが、『革製品をケアする行為そのものがサステナブル』だと感じ、自然由来の原料を取り入れるようになりました。」

ヒノキと香辛料のようなクローブの香りで日本製であることをアピール。クローブは、「丁子油(ちょうじあぶら)」と言われ、日本刀のお手入れにも使われています。日本の歴史も表現したかったそうです。また、柑橘系のレモンとジンジャーを加えて爽やかな甘さのある香りに仕上げました。父の日やクリスマスプレゼントに購入する女性も多いそうです。
谷口さん:「実は、この製品の完成までには4年かかりました。自然由来の原料にこだわったため、原料選びがとても難しかったんです。最初は自社の原料だけで作ろうとしていましたが、1年半ほどでそれが難しいとわかり、原料メーカーさんと一緒に新しい原料を探す所からやり直しました。それがターニングポイントだったと思います。」
ーーそこから完成まで、さらに2年半かかったわけですね。
谷口さん:「そうです。原料は本当に種類が多くて、思い通りの粘りを出せるものに出会うまで試行錯誤しました。それまで自分たちは乳化によってトロトロの状態を作っていましたが、この商品は、乳化ではなく『増粘(ぞうねん)』という方法で粘りを出しています。少しマニアックな話ですが(笑)。」
ーーそのお話、興味深いです!普段、谷口さんのお仕事は製品開発が多いんですか?
谷口さん:「はい、私は主に開発を担当しています。例えば、お客様から「ツヤを出したい」「伸びを良くしたい」といったオリジナルクリームの依頼をいただいた場合、その要望を叶える配合を考えながら試行錯誤を重ねています。想像通りに行かないことも多いですが、1つ完成すれば、それがノウハウになり、次の開発に活かすことができます。」
転機となったデザイナーとの出会い
ーーここまで、インテリア性の高い靴クリームの製品開発に至るまでの様々なお話を伺ってきましたが、どれもストーリー性のあるお洒落な製品が多いですね!
谷口さん:「さきほどのエゾジカのクリームは、2024年4月のイタリアの展示会に出展しました。このときは、チェストの前身となるライト部分のみ制作して披露しました。これを一緒に作ったデザイナー、浦田さんとの出会いが、会社にとって大きなターニングポイントでしたね。その頃は、800円の製品で海外展開を始め、本当に世界に通用するのか、進むべき道を模索していた時期でしたが、浦田さんと一緒に製品開発を重ねる中で、最終的にインテリア性の高い製品へたどり着くことができました。浦田さんが形にしてくれたんです。」

2024年4月イタリア・ミラノの展示会に出展した際の1枚。左がデザイナーの浦田孝典(うらた たかのり)さん、右が谷口さん。この展示会でチェストの前身であるライト部分が来場者に好評だったことを受け、フランス・パリの展示会に向けて本格的にチェストの制作がスタート!浦田さんと出会ってから、まだ3か月ほどの出来事だったそうです。(写真提供:谷口化学工業所)
谷口さん:「当時、浦田さんに伝えたのは『靴磨きの道具は使い終わったら下駄箱にしまわれ、生活に根付きにくい。だから、靴を磨く行為や道具に光を当て、日常に溶け込む存在にしたい』という思いだけでした。そしたら浦田さんは『光を当てる』という言葉を、まさに『照明』というアイデアで形にしてくれたんです。さすがデザイナーだなって思いました。」
ーー最初に浦田さんからチェストを提案された時、谷口さんはどう思ったんですか?
谷口さん:「実際に物を見た時に、ものすごくびっくりしたんです。靴磨きや靴クリームにこんな方向性があるんだって!僕たちの個性はこれだと実感したので、プロジェクトが終わった後も、浦田さんと契約させていただいています。製品もそうですが、この事務所の空間も全部浦田さんがデザインしてくれたものなんです。」

2025年11月にリニューアルしたばかりという谷口化学工業所の事務所。コンクリートの打ちっぱなしというお洒落な空間に、製品がわかりやすく陳列されています。
ーー浦田さんとはどうやって出会ったんですか?
谷口さん:「デザイナー集団と家業集団をマッチングする『NEW NORMAL(ニューノーマル)』というプロジェクトで出会いました。その時、弊社に相性の良さそうなデザイナーとして、浦田さんをマッチングしていただいたんです。」

谷口さん:「浦田さんには『新しい製品を作ることは大切だけれど、それを発信する場所に思いがなければ中途半端になる。』ということを言われました。確かにその通りだと思い、事務所をリフォームしたんです。実際、バイヤーさんに来ていただくと、製品への思いや理解も深まり、中小企業とデザイナーとのコラボの大切さを実感しました。」

カラフルな靴クリームは、いろんな色が作れることをアピールしたくて作ったそうです。

コロナ禍に作った製品。巣ごもりを意識し、DIY向けに木工品に直接塗ることができるハンディタイプの塗料を開発しました。

ライオン靴クリームの歴史や時代背景を知ることができるパネル。大正時代、都会では若者や勤め人の間で革靴が日常の一部に。田舎ではまだ下駄や草履を履く人が多かったそうで、革靴がハイカラな象徴になっていたことが紹介されていました。
谷口さん:「弊社の創業は1910年ですが、1904年の日露戦争がきっかけになっていて、その6年後に創業しているんです。戦後は、輸入した靴クリームで靴磨きをしていたらしいんですけど、これを輸入じゃなくて国産にしていこうということでスタートしました。昭和の時代、まだ道路も舗装されてないので、靴がめちゃくちゃ汚れやすかったって聞いています。」

事務所には、茶色の他、青や赤、緑や紺など、いろんな色のパイプ椅子があります。普通のパイプ椅子を分解し、墨田区内にある革をなめす会社に染めてもらったエゾジカの革を張ったそうです。ツルツルしているのが表面。裏面はいわゆるスエードで、両方とも同じエゾジカの革だそうです。
守りたい手作業の伝統製法「3度注ぎ」

靴クリームは、調合・融解・撹拌・充填といった工程を経て作られます。谷口化学工業所が大切にしているのが、充填で行われる「3度注ぎ(さんどそそぎ)」という手作業の工程です。
谷口さん:「自分たちは『3度注ぎ』というやり方をずっと大事にしています。最初に半分ほど注ぐ『底注ぎ(そこつぎ)』。次が途中まで注ぐ『中注ぎ(なかつぎ)』。最後は仕上げの『上注ぎ(うわつぎ)』です。」



65度の温度で注いでいきます。職人さんたちは慣れるまでは、やはり熱いそうです。1日に製造できる量は、頑張って1,000個ほどだそうです。
谷口さん:「クリームは時間が経つと固まり、表面がマットになってしまいます。靴クリームはツヤを出す製品なので、これでは自分たちのものづくりの考えと合いません。なので、この3回注ぐ『3度注ぎ』を大事にしているんです。最後の『上注ぎ』の表面が乾燥する前にキャップを閉めることで、ツヤ感を保ったままお客様に届けることができます。」

中注ぎ後の様子。ここにもう1回注いで完成です。
ーー3度注ぎは一番ツヤツヤの状態にすることができる手法なんですね。
谷口さん:「充填後はまだ若干熱いと湯気が出るんです。湯気が出ると水滴ができてしまい、その水滴が垂れると表面が汚れてしまいます。なので、水滴が垂れないよう容器を逆さまにして置いています。もう少し冷めたら一つずつ拭いて、ラベルを貼って完成です。」

ーー完成するまでには何日くらいかかりますか?
谷口さん:「1日で仕上がります。午前中に充填すると、昼過ぎにはラベル貼り作業が始まります。効率だけを考えれば機械に頼った方がいいかもしれませんが、設備投資も大きいですし、細かな仕上がりの美しさは人の手の方が自然です。手作業だからこそ、小ロット生産が可能なので、新しい製品にもすぐ挑戦できますし、異常があればすぐに気づけるのも強みだと感じています。」

日本発祥の靴磨き文化を海外のライフスタイル文化へ
ーー御社のInstagramで靴磨きの動画を拝見して、とてもピカピカで驚いたんですよ!
谷口さん:「ありがとうございます。でも私はあくまでメーカーなので、靴磨きのプロにはかないません。靴磨きを専門にされている方の磨き方は、本当にすごいです。私はここまでぐらいです。ちょっと指紋がついちゃっていますね(笑)。」

ーーいやいや、すごい!エナメルみたい!靴クリームでこんなに変わるんですね。
谷口さん:「靴磨きに使うのは、実は3種類しかありません。汚れを落とす『クリーナー(写真下・右)』。潤いを与える『靴クリーム』、ツヤを出す『ワックス』です。人でいうとメイク落とし、化粧水、ファンデーションのような役割です。」

谷口さん:「動物の革はシワもあるし、毛穴もあるので、肉眼では見えないレベルですごくデコボコしているんです。デコボコした表面に光を当てても、光が乱反射してツヤっぽく見えません。靴クリームの成分であるロウを何層も塗り重ねて表面をツルツルにすることで、光が直接反射になってツヤが生まれるんです。」

(写真提供:谷口化学工業所)
谷口さん:「弊社が大事にしている言葉が『磨く、ととのう。』という言葉です。靴磨きは、結構ビフォーアフターに目が行きがちですけど、自分たちは靴を磨く時間を、心のスイッチとして大切にして欲しいなっていう思いがあります。靴磨きは自分を磨くっていうことでもあり、『身だしなみをととのえる』ということは、『心をととのえる』ことであるという、そういう思いを込めています。」
ーー靴磨きは優雅な時間になりそうですよね。
谷口さん:「靴磨きが好きな方は、ライフスタイルへの意識が高く、すごく洗練された方が多い印象です。チェストはインテリアと掛け合わせた製品ですが、自分の人生を豊かにするためのアイテムとして選んでいただけているのではと感じています。こうした発信を通して、靴磨きそのものへの関心も高まっていければ嬉しいですね。」

「ととのう」が平仮名表記なのは、身だしなみだけでなく、心をととのえるという二つの意味を持たせたいという思いがあったそうです。
ーーこれから目指す方向性はどんなことでしょうか?
谷口さん:「今は、自社製品を海外で販売したいという気持ちが強いです。東南アジアからスタートし、今年はヨーロッパにも広がりました。将来は、まだ革靴文化が根付いてない国にも靴クリームを届け、『靴クリームといえばライオン』と言われる地域を海外にも作れたら嬉しいですね。靴磨き文化を広め、靴磨きという仕事の価値を高めていけるメーカーになりたいと思っています。」
谷口化学工業所(ライオン靴クリーム本舗) https://taniguchi-kagaku.com/
編集後記
谷口化学工業所は、革靴を履く人が減る時代だからこそ、靴クリームの価値そのものを見直し、新しい市場を切り開こうとしています。近年は、猛暑に対応するため、靴クリームの配合も暑さに耐えられるものへと変更したそうです。また、青森の業者からの依頼で、熊の脂に青森のヒバで香り付けした靴クリームを開発したというお話も伺いました。熊の脂は、動物の脂の中では珍しく、常温で液体になるという性質を持つため、伸びが良くケア用品との相性も抜群とのこと。最近は熊の出没による被害が社会問題になっていて、駆除も増えていますので、命を有効活用する取り組みとしても注目したいと思いました。
さて、そんな谷口化学工業所は、日本最大の靴磨きイベント「SHOESHINE GRAND PRIX」にも協賛しています。ライオン靴クリームは、大会の公式アイテムの1つにも選ばれているそうです。大会では、靴磨きのツヤの美しさはもちろん、服装や所作など、パフォーマンス部分も採点に入るそうです。地方大会が5月からスタートし、決勝は11月。東京スカイツリー1階のSKYTREE SPACEで行われる予定です。面白そうですね!「磨く、ととのう。」私も暮らしの中で実践したいと思いました。
ものづくり新聞 小柴寿美子
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